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7月23日の公演を終えて。


昨日7月23日は僕にとって、すこしだけメモリアルな日となりました。

7月18日から開幕したミュージカル「ジャージーボーイズ・イン・コンサート」は、開幕前に上演会場である帝国劇場勤務の職員1名の新型コロナウィルス陽性が判明したことから、7月18〜21日のお客様を入れての公演を中止にし、その代わり当初から予定されていたライブ配信での公演として初日を迎えました。

(なお、管轄の保健所からは、濃厚接触者に該当する者はおらず、職員が自主的に出勤を停止してから悠に72時間経っているのでウィルスの生存もないため、18日から観客を入れての公演も可能だという判断がありましたが、お客様の安全確保を充分にするため、また大企業であることの社会的影響力を考え、上記のような対応を東宝が決定しました。誠実な判断だったと僕は考えています。)


そのような理由で、18・19・20日の3公演は映像配信での公演に。映像配信の予定がなかった21日は公演中止に。22日は休演日。

そして迎えた7月23日は、帝国劇場が148日ぶりにお客様を迎える公演となりました。僕自身のことで言えば、2月27日ぶりに、お客様が目の前にいる状態で舞台に立った日となりました。


まずは、この公演を開催するにあたってご尽力くださった関係者の皆様に、心からの感謝を伝えたいと思います。通常の公演とは全く違う状況下、プロジェクトを進めてく上で立ちはだかるハードルは高く、その数も膨大だったことでしょう。

さまざまなリスクを思えば「やらない方がいいのでは」とも考えられる状況で、それでもこうして演劇公演を興行することを決意し、それを実行された意志の強さに感服します。


そしてなにより、ご来場くださったお客様。

4ヶ月ほどの間も演劇の公演の再開を待ち望んでくださったこと。さまざまな障壁を乗り越えて客席へ駆けつけてくださったこと。その際には、以前とは全く違う気遣いをもって集まってくださったであろうこと。本当に感謝しています。

配信での公演の際も、カメラレンズの向こうにお客様がいるという事実が僕たちを支えてくれたことは事実ですし、空席のはずの客席にも、たくさんの方の思いが目一杯詰まっていることが実感できました。

それでもやはり、無音の空間と、拍手のある空間っていうのは、全っっっっっ然違う者ですね!!!!

ピーターパンのお芝居の中で、ピーターの代わりに毒を飲んだ妖精のティンカーベルを蘇らせるために、ピーターは客席に向かって「妖精を生き返らせるためにみんな拍手をして!」と呼びかけます。お客様の信じる心と拍手の力が、ティンクを蘇らせます。

昨日確信したのは、劇場に生き生きとした息吹を吹き込むのも、お客様の拍手の力であるのだなということ。

そして、僕ら演劇人(出演者だけじゃなくってね、舞台裏のスタッフも、事務所にいる製作・制作スタッフも、みーんな)に生きる力を与えてくれるのも、やはりお客様の拍手なんだ、ということです。


昨日の公演を知り合いが観てくれていて、終演後に「やっぱ劇場で見ると全然ちがう」という連絡をすぐにくれたので、僕は間髪入れずに

お客さんがいると全然ちがう!!!

と返信したのでした。

少しだけおこがましい言い方をすることを許していただけるなら、やっぱり、僕らとお客様は、互いに持ちつ持たれつの関係なのですね。

うん、僕自身も演劇を観ることが好きな観客のひとりだからわかる。観客は演劇に生かされ、演劇もまた観客に生かされているのだ。


とはいえ、いまの状況ではさまざまなことを考えた上で、劇場へは足を運ばないという選択をされた方もたくさんいるはずです。あるいは、行きたいけど行けない、という方もたくさんいるでしょう。

その思いのことも、決して忘れたくないなと思います。

その場に集まれた者たちだけのための祝祭となるのではなく、そこに思いを馳せるすべての人にとっての居場所として、演劇が、劇場が在ることが僕の願いです。


また同時に、劇場へ来てくださるお客様のお気持ちのことも考えます。

日頃の体調管理からはじまって、当日の感染対策も各人で取り組んでくださり、また劇場からのお願いにも快く協力してくださいました。僕はね、開演前の、下りた緞帳の向こう側にある客席空間から聞こえてきた、あの濃い「沈黙」のことを忘れませんよ。

前までだったら開演前の高揚感から生まれる、期待に満ちたおしゃべりのざわざわが聞こえてきていたはずなのに、昨日は、一切、おしゃべりの声がありませんでした。そこに満ちるのは、祈りにも似た沈黙の音だけでした。

あれは一種、非常に演劇的な瞬間だったなと思います。


さまざまな人の思いと、その人々の具体的な行動があったからこそ実現した「帝国劇場の復活」の日でした。それに携わったすべての人に、いま一度、心からの感謝を。


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といいつつ、この出来事を単純な美談にすることは、僕としては違和感があります。

やはり演劇を観にいくときに、「自分が感染者であってはいけないから、日々の生活から細心の注意をしなければ」というような覚悟、あるいは「劇場にいくことで何があるかわからないけど、そのリスクを引き受けてでも観にいくぞ」というような覚悟が必要な状況は、普通じゃない。

もっと気軽に、もっといい加減に、もっと突発的に、ふらりと足を運べるような演劇の状況こそ、僕が「いいな」と思う演劇を取り巻く光景です。

でもやっぱり、いまは、どうしたってその「気軽でいい加減で突発的な観劇体験」は叶わないので。

何年かかってでも、その「気軽な観劇」の日々が取り戻されることを望みたいと思います。


だから、いまは、リハビリです。ある種の、リハビリなのです。

社会全体で、少しずつ再び立ち上がり、歩き始める練習をしているところ。演劇界も、もちろんそのタイミングにいるのです。

慎重に一歩一歩を進め、疲れすぎて立ち上がれなくなったりしないように様子を見ながら、新しい状況に自分の心と身体を慣らす時期なのです。

また再び縦横無尽に駆け回れる日を強い意志で見据えながら、いまは小さな一歩一歩を積み重ねていくことが最善の時なのです。おそらく。


ミュージカル「ジャージーボーイズ・イン・コンサート」はここから8月5日まで続きます。ぜひ引き続き応援をよろしくお願いいたします。もし状況が許すのならば、劇場に足をお運びください。

千穐楽まで何事もなく、公演を完走することができますように。


今日も頑張ります!


山野靖博




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