三日月エクリプス
鬱の槍の雨
うっかり忘れていました。
昨日は三日月でしたね。
しっかりエクリプスが起きたので、ツクヨミが復活したのは本当みたいです。
ここに書いた通りです。
新月にて精神界の扉が現れ、繊月を前夜にして三日月の夜に、精神界の扉が一時的に開きます。
日蝕
太陽を月が覆い隠す、現象。
普段は物質に隠れていた本音が、この日だけ表に溢れ出てきます。
月イチで起こる、鬱行事です。
エクリプスの波に晒されると、その日の夜限定で鬱になり気分が落ち込んで仕方なくなります。
そこで、少しでも苦を和らげる為に普段から鬱慣れをしていく必要があります。
ここに記した通り、普段から自分の中の鬱気博士に不定期に連絡して、鬱によるダメージが特に大きくなる中和周期を調整しておく必要がある、というお話ですね。
そして、万が一鬱になった場合、金銀御三家の心を具えておくと、ある程度は防御壁になってくれるので安心です。
可愛いキャラで誤魔化せ!
チコリータ!
ヤケになってやる気の炎でガンガンだ!
ヒノアラシ!
とにかくかみつけ!嫌われない程度に!
ワニノコ!
鬱は、気合とゴリ押しでなんとか誤魔化していくしかないのです。
鬱の原因の分析と憂鬱な気持ちの乗り越え方は、別のベクトルにあります。
確かに鬱の原因分析を行うことで鬱ダメージそのものは減らせますが、それを知ったからと言って現実的な解決策に繋げられるとも限らないですからね。
そして、そうでなくても鬱の危険性と常に隣り合わせにあるにも関わらず、問答無用で定期的に鬱お茶会を開いてくるのが、ツクヨミです。
そりゃ、三千世界全てに嫌われますよねえ。
鬱慣れしている人には起死回生で飛躍の大チャンスとなりますが、慣れていない人にはただただ苦痛なだけです。
(‐_‐ )ウツダシノウ…
とかいう、なまっちょろい精神では今後の世界を生き抜いていけないですよ。
しかし、私の経験則では鬱の乗り越え方や受け止め方などは個体差があり、鬱のドツボにハマる人は、一時的に抜け出すことは出来ても何度も同じドツボにハマって鬱の周期そのものから抜け出すことは難儀なようです。
過去、仕事仲間の同僚が鬱で辞めていきましたが、根本的解決策をいつも間違える人だったので、今でも鬱に苦しんでいると思われます。
どこにいっても受け入れて貰えず、他者を恨んでばかり、そしてそれはいつも変わらない。
あんたは酷い人間だと思ったけど実はずっとマシな方で、逆にあんたを責めたら軽蔑された、と彼女は話しております。
全身ニードルみたいな人は、いつの時代も存在するものです。
カービィのニードルみたいな人ですね。
「ちくちく言葉ww」
とか言って他者を煽りがちですが、そういった概念そのものすら健全な精神の持ち主は思いつきもしないので「ちくちく言葉」という言葉を好んで使う人こそ「自分はちくちくしているよ」という自己紹介となります。
私、そんな言葉使いたくないもん。
嫌味を言われたとて、それが刺さるなどと言った感覚は既に見切っているので、何故相手はそう思うんだろう?と即座に分析の姿勢に入りますからね。
ニードルダメージの判定は、私にはゼロです。
突飛な喩えになりますが、これが鬱の回避のコツです。
「しらん」
あまり前面に持ち出しすぎるのも良くないですが、基本はこれですよ。
感性をですね、表相の表面に油膜のように貼り付けたままにしておくのは危険です。
あくまでも感性はグリス扱い。
潤滑油として扱うのは難儀ですけど、一応はそこら辺の意識転換をしておくとだいぶ楽です。
何の話だ、となりますけどね。
鬱の乗り越えはともかく、なんで三日月にエクリプスが起こるのか?というお話を少々。
よろすこです。
誰を見ているの?
おなじみ、シェーマLの表。
普段生きていて、自分は何を見て誰を相手にしているのか、という感覚です。
誰と付き合うかとか、そういう話ではなく、自分の中の反核質とどう向き合うかの次元ですね。
結局人は一人、と言いますが、物質的には全く一人ではないですね。
この広い世界には大勢の人間が存在するのに、ぼくの心はひとりぼっち。
そういう感覚です。
誰も僕を分かっちゃくれないんだ。
僕のことを本当に受け入れてくれる人はいるのだろうか。
人間として生きた時に、どうしてもぶつかるであろう、ありふれた課題です。
陽水の東へ西への一番ですが、分析すると
昼間からダラダラ昼寝をしたせいで、身体が無駄に元気で眠れなくなった。
満月の夜は交感神経が活発化するから寝付きが悪くなるというが、やっぱり眠れない原因は昼寝だろうね。
まあ、明日になれば可愛いあの子に会えるからいいか。
最近の推しなんだよ。
人生にときめきって必要だよね。
しかし眠れないのはキツイな。
やたらと夜中のハイテンションになっているから余計だ。
ふと目覚まし時計を見る。
お母さんはいつもけたたましく起こしてくるから、どうも駄目なんだ。
起こしてくれるのは有り難いけど、俺のことちゃんと分かってくれないっていうか。
しかし、こうも眠れないと明日は睡眠不足で死ぬし、今から寝ると明日の朝は普通に寝過ごす可能性があるな。
あー、鬱。
がんばろー。
世界頑張れー。
俺は頑張れなーい。
若い気持ちの、彷徨える子羊の心です。
本当にこういう意味なんですか?
ちょっと超訳が入っていますが、大体こんな感じです。
これが、自己の生み出す反核質に囲まれた世界の例です。
まあまあ普通ですよね。
ここから先に進むには、キアスムの心が必要となります。
ここから一気にスピ臭くなってきました。
鬱を和らげるには、キアスムを会得しましょう。
それは、反核質からなる膜を破り、真の意味での他者に到達することを意味します。
これが、Ψ3への侵入となります。
こういうことをズバッと言ってくるのが、noosらしんばんです。
nosさいころじーと連携して。
本家様と雰囲気が違うな?となるのはこの辺りです。
しかし、精神界の扉を開くのは何故三日月の日なのか?という。
それは、このエクリプスも弥勒の柱の一つだったからです。
三日月。
23の方。
この人の存在が、根底にあります。
これがどういうことかは、書くとか言っといてやっぱり書けないです。
三日月という響きがかっこいいという理由だと思ってください。
実物の、衛星の月の三日月を見ても
「切った爪かな?」
くらいでパッとはしないですね。
案外月は暗いので、満月に近くないと明度が低いために人は空を見上げません。
星なら季節限定の出現であることも多いので目を凝らしてでも見ますが、月は一年中出ていますので、それほど珍しさが少ないのもあって。
多くの人は書籍などから三日月という言葉を覚えて、如何程美しいものかと期待して見るも、落胆するのがあるあるです。
2次元イラストでも、三日月は正確に描かれることはありません。
三日月宗近のイラストの真ん中の紋章も、ちゃんとした月ではないですね。
月は月ですけど、月の満ち欠けの様相が正確ではないですし、太陽の大きさが合ってないです。
デザインになっています。
分かりますかね。
実際の三日月は案外ショボくて、二次元の豪勢なイメージに引っ張られるのが常です。
ちゃんと三日月を見ていない証拠ですよ。
これが、シェーマL。
この三日月という歌は、まるでシェーマLを歌っているようです。
美しい雰囲気に誤魔化されそうですが、この三日月に向かって歌っている人は、何を見て「頑張って、愛して、繋がっている」と思うのか?ですよ。
どんなに頑張って強くなって泣かないと意思表明しても、多分この気持ちは届くことはないです。
ずっと一緒にいるつもりで、二人で歩いた一本道がいつだって二つに分かれて、別々の方に歩いていくんですよね。
ちゃんと相手を見ていないから。
自分で自分に恋をしているから。
一人で生きているから。
とうらぶの三日月宗近もキャラ崩壊が酷くて、ちゃんと本人を見てもらっていないんだな、と気の毒になるほどです。
あんなに甘ったれじゃないのよ、三日月は。
それがとうらぶ最強キャラの看板を背負っていますからね。
一体、どうなっているの…。
それが三日月のシンボルの意味なんですね。
神ロミ。
この消えそうな三日月とか言われてますね。
これから満月に向かって、光が当たる部分が大きくなっていくのにね。
大きなお世話だよ、となりますよね。
可哀想な三日月。
心の友がいればいい
気の毒に見える三日月ですが、実は彼は一期一振と大親友です。
本編のチャットは確認していませんが。
一期一振は私の推しだったんですがね。
何故か、三日月とめーっちゃ仲良しでした。
二人は殴り合いの喧嘩の末に和解し、心の友となるような青春の間柄にありました。
これは、男同士の最高の切磋琢磨の姿です。
誰にも本当の意味で見てもらえなくても、心の友が一人いればいいやんね。
そういうことみたいです。
真の理解者を求めても、なかなかそういう縁には巡り会えません。
また、どうやら相手が自分を理解している風でも、打ち解けにくい場合ってありますよね。
性抜きで心の底から語り合える。
男性の場合は、同性の方が向いています。
性欲、マジ邪魔やんな。
そういうことは多々あります。
このせいで、エクリプスにいらん負の念が溜まっているのもあり。
人類の負の念を無理矢理押し込んだものですからね。
月イチ開放くらいしないと、扉が破裂して大変なことになります。
ツクヨミはこれを危惧し、適度にガス抜きをするようにしたようですね。
人間ってのは、やはり我慢なんて出来ない生き物なんですよ。
自由に、ゆうるりと過ごすのが一番なんです。
今回のエクリプスは、先月よりはヌルかったです。
幽界が波羅蜜浄土に名称を変えたからですかね。
ふうん。
やはり呼称って大事なんですね。
それでは。