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2021年9月の記事一覧
私の好きな短歌、その23
防水の利(き)かなくなりしわがリユツク背負ひつづけて今日また背負ふ
松村英一、歌集『落ち葉の中を行く』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p129)より。
作者は山登りが好きだったという。この歌集が刊行されたのは昭和44年(1969年)であり、このとき作者は80歳なので一首はおそらく70代の作ということになる。長年ともに山に登ってきたリュックなのだろう。気に入ったものを使い続けるという
私の好きな短歌、その24
蒲公英(たんぽぽ)のたけて飛ぶ日となりにけり夢殿のべの蜜蜂(みつばち)のこゑ
植松寿樹、歌集『庭燎』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p131)より。
法隆寺の夢殿の実景。実景だからこそ作れた歌だと思う。実景でなければ、飛ぶ蒲公英の種と夢殿と蜜蜂という取り合わせは、理想的過ぎて作り物めいている。が、実景として一首を味わえば、それこそ夢の中にいるような陶然とした心地になる。旅に来て、名所
私の好きな短歌、その25
ものみなは陰をかぐろく持つ日なり柩(ひつぎ)の馬車の動きいづるも
植松寿樹、歌集『庭燎』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p131)より。
「学友須田実の死をいたむ」と詞書がある。「かぐろく」という言葉、深い黒を表していて魅力的だ。ここでは「か」の繰り返しも気持ちいい。ものが陰を持つという表現も、なにか影の意思を感じるようで幻想的である。三句で切ることによって時間がいったん止まり、軋み
私の好きな短歌、その26
今夜こそ夜のありたけを眠らめとねむりこがるる蚕飼づかれに
結城哀草果、歌集『山麓』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p153)より。
眠りを今日のやすらぎとして、昼間懸命に働く農民の姿である。私も毎日農業に従事していて、日によって、作業によっては体の芯から疲れることがある。昼食後など、ものすごく眠いとき、一首のように「ねむりこがるる」こともある。三句の「眠らめと」は、眠ら・め(助動詞「
私の好きな短歌、その27
桑を呉れつつ摘みてみれば蚕まであつくなりをる暑さなりけり
結城哀草果、歌集『山麓』より。(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p153)
蚕の白く柔らかい体が目に浮かぶ。それが「あつく」なっているということによって、シンプルに、見事に夏を表現している。湿度まで感じさせるようだ。初句の「呉れる」という表現、味がある。「やりつつ」ではなく「呉れつつ」である。「く」の繰り返しによるリズムも生まれ