【自問自答】ともだちはいらない怪獣は壊す(あるいは孤独のこと、母のこと)
前回のnoteに、「場の雰囲気づくりのためにしてきた行動が『癒し』ととられたのならまあ悪くない」みたいなことを書いた。
このへんを「優しい」とあらわしてくれる人もまれにいるのでそれについても軽くさらっておく。
「なりたい、似合う、好き」(+違和感)のキーワードの分類で、「優しい」は欄外、つまり「知らんがな」に仕分けている。なりたいとも似合うとも好きとも言いがたい。昔の私なら迷わず「違和感」の箱にぶち込んだだろう。今はそこまでの拒否感はなく、優しいと思われても思われなくてもどちらでもいいなって感じ。
人それぞれ「優しさのかたち」があると考える。そういう意味では自分にも「優しさ」は備わっていると思う。優しくありたいというか、必要なとき発揮したいとも思う。
それが他人から見て「優しい」かどうかはわからない。知らん。少々乱暴だが、それは受け手の判断に任せることにした。そうすることで自分の思う「優しさ」を気兼ねなく出したり出さなかったりできる。
先のnote含め、「他人のために気がつかえるんやぞ!」って話ではない。
私は自分の底のほうに「人のだいじなものや場を壊す人間」「どこにいても集団の中の異物」というのがある、と思っている節がある。
表面上は集団になじんで問題がなさそうに見えてもじつは浮いている、という感覚。実際、他人に対して分厚い心の壁を持っているのでそれも関係しているが、これはその前にあるもののことを指している。
イメージの話だけど、
「いっしょだと思ったけどちがうね、きみはぼくたちの仲間じゃないよ」みたいな突然の別れ(排除)があって、別のところへ行って、それを繰り返して、「ほんとうの仲間はここにいたんだ!」みんなで楽しく暮らしましたとさ、めでたしめでたし、みたいな……なんか絵本とかにありそうな……それはそれとして、私の場合、とくにその「めでたし」のイメージがない。
たまに「さいごはひとりで土に還る」と言っているのが私の思うトゥルーエンド的なもので、自分としてはそれが自然の摂理というか、花が咲いて枯れて朽ちていくのと同じ感覚というか、そうあってほしい願望というか。そこに卑屈さや悲壮感はない、つもりでいる。哀愁はあるかもしれない。
なんでそんなことになったんだろう。
今までもちょこちょこ書いてきたし考えてきたが、なかなか深くまでふれることができなかった。
今回はそのあたりを掘ってみる。まとまる気がまったくしないが、いつもどおりだらだら綴っていく。
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4〜5人以上の集まりにいると、視点がすぅーっと引く感覚がある。ゲーム内でプレイヤーの視点を俯瞰に切り替えるみたいな、あの感じ。「その場における自分の役割」「どういう状況でどういう動きをしたらいいか」を探して動くモードに勝手に切り替わってしまう。
なにかに特化した能力はない、その分、そこそこの感じでだいたいの穴埋めはできてしまうように思う(なんとかなったふうの力技も含む)。
ここに「みんなのために」「役に立ちたい」みたいな気持ちはない。
ほんとうにその場でそんな役割が求められているのか、求められていたとて私がやる必要があるのか、そのへんはまた別だ。
いつから、なぜこうなのか。
半分ぐらい職業病でもある気がする。十数年、接客販売の現場において責任者のポジションにいた。ただ、もともとそういう性質があるから放り込まれてもどうにかつとまってきたという気もする。今も新しい職場でものすごく実感している。
で、だ。そういう「俯瞰モード」の動きをしたあと、すべてが終わったあとに、ごくまれに、どろどろとした思考に引きずり込まれて心の8割ぐらいが地球・現代にもどってこれなくなることがある。
「ここにいるのは私じゃないほうがよかった」「ほかの人だったらもっと楽しい会になったことでしょう」みたいな、書いているだけでうすら寒い、吐き気をもよおすような、そういうの。自分の思考の流れに自分で拒否反応を起こす。
とはいえ、あまり人と集わないのでまあまずよっぽどそんなことにはならない。親しい間柄でそうなることはないし、未知の人との大人数の集まりで俯瞰モード発動したとしても、ただ楽しくすごせるときもある。
どういう条件がそろうとよくないパターンになるのか?ってことを考えてみたら、仕事以外の場面だった。
「無意識によく思われたいと思っていたかもしれない×なんかうまく立ち回れなかった感があるとき」とか?
あとは、「とくに気にしていなかったけどなんかの拍子にほかとの比較が生まれてしまって(発覚して)、自分のいた回・会よりほかの人たちのそれが成功したように感じたとき」か。
「私のときそんなじゃなかったよね……(いたたまれない)」みたいな。こっちのがありそう。
ああ、なんかやだなあ。
なんかやだなあ、なんだけど、これは一度言語化しておきたかった。
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これから書くことの前提として。
私は母のことが好きだった。
聡明で優しく、品があり、遊び心があり、先見の明のようなものがあって不思議なセンスのよさがあって、ひとりが好きだと言いつつまわりから慕われる、ちょっと変わり者のかわいくてかっこいい母。
べったりな関係ではなかったが、大人になってからもよろこびやたのしみを分かち合いたい相手だった。
たぶん愛されていたのだろうと思う部分もあるし、結局はそうでもなかったなと思う部分もある。
ひどいことをされたなと思う部分もあるし、ひどいことをしたなと思う部分もある。
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3きょうだいのまんなか。男女男。
構成を聞いて「さぞかわいがられてきたでしょう」とよく言われる。そのたびに困惑する。
なんで?女だから?
どうでしょうね、ちなみに私が一番たくましいです、とか言って話を終わらせちゃう。事実だし。
ひとりっこだったのに大人の都合でお姉ちゃんポジションにされ小さいころからひどいめにあってきたらしい母は、われわれきょうだいのことは兄とか姉とかなくそれぞれ一個人として接することにこだわりをもっていたようだった。
「お兄ちゃん・お姉ちゃん呼び」は禁止されていた。
きょうだい仲は悪くないがとくだん良くもなく(いろいろ思うところがある)、なんか気がついたらルームシェアしていた人という感じか。いっしょにゲームをしたりマンガをまわし読みしたりはした。お互いなんとなく仲間意識はある気はするが、関わりかたがよくわからない。
母がいたときは、母を介して話をすることが多かった。
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物心ついたころから、「ともだちなんていなくたってひとりで生きていける」「ずっといっしょにいるわけないんだから」とことあるごとに母から言い聞かせられてきた。
あとにつづくのは、「なにかあってもお母さんがいるからね」だった。
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「△△(兄)ちゃんが電車のおもちゃで線路をつくると、それを壊して楽しそうにしてたんだよ。だから△△ちゃんと『怪獣〇〇ゴン(私の名前をもじって)』って呼んでたんだよ」
「お母さんが持ってたキティちゃんの大きなぬいぐるみ覚えてる?だいじだよって渡したらちょっと見てないうちに〇〇ちゃんがダメにしちゃってさあ。結婚する前から持ってたものだったんだよ?」
こどものころからふとしたきっかけで何十回と聞かされてきた話だ。記憶にないような年齢のころのあれこれを何度も擦られる。覚えていないけど自分がしたであろうことは事実のようで。自分がそんなことを……みたいなショックもあり、否定することも笑い飛ばすこともできず、謝るのも違う気がして、微妙な顔で黙っているしかなかった。母にとっては懐かしくほほえましい話、だったのだろうか。
そういえば、母になにか言っても無駄だと悟ると幼いころの私はすぐ黙るから、「貝」って言われてた。
真珠でもできたらよかったね。
「デストロイヤーって破壊するものって意味なんだって。覚えてる?小さいころの〇〇ちゃんはさあ(破壊エピソード)」
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忘れてたやつもぽろぽろ出てきた。
取り出して眺めてみたところで、なにかが急に変わることはない。
私、小さいころから、妖怪とか怪獣とか悪者・異質とされる存在がふつうの暮らしをしている話が好きなんですよ。
めちゃくちゃ影響してるじゃん。無自覚だった。
これからもそういう話は好きだと思うけど。
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「俯瞰モード」は家族でいるときにも発動されてきた、というかここで培われてきたのだろうな。
(父・兄・弟とのことまで書き始めるとさらに収拾がつかなくなるので今回はふれないことにする)
父の行動を見て、兄弟から目を逸らさせるように動き、母に寄り添い。
「だいたいのことはよく見ていたらわかるよね」
「塾なんか行かなくても、授業を聞いていたら100点とれるのなんて当たり前じゃん」
「お母さんは勉強しなさいなんて一度も言ったことないよ」
「やりたくないことはやらなくたっていいんだから。でもやらなくて困るのは自分だからね、お母さんは知らないから」
自分が望んで選択してきた、と言うしかない。
やりたいこともやってきたし、きょうだいのなかでは一番御し難いやつ、なにをしでかすかわからないやつ、だったと思う。
親の言いなりになってきたとは思わないが、こうやって振り返るごとにわからなくなる。
そこそこコントロールされ、狭い世界で生きていた。
小さいころから日常的に母の愚痴を聞き。
父が一日でも早くこの世からいなくなることですべてが解決し解放されると疑いもせず願い続け。
思い返せば、ずっと、家族のケアをする母のケアをしてきたようなものだった。
私に病名がついてはいけないから病院には行けなかった。それもよくなかった。
こどもができたから離婚できなかった、と、こどもの私に言ってどうするつもりだったのか。
私のせいで。私のせいにしないで。
私はなぜここにいるのか、なぜつくられたのか。
なぜ消えられないのか。
早く世界が滅びればいいのにと思っていた。
私のいた狭い世界。
若くして結婚出産し、やりたいことをあきらめ、誰にも会わずどこにも行かず家に縛られたまま死んでいった母。
母のほんとうのところは母にしかわからない。
私が「家族」のことを「最小単位の宗教のようなもの」と思っているのは、自分の体験からなのだろう。
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私は、どこにいる?
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「なおす」に憧れて「つくる」を捨てられないことの根底にも、今回の話は関係しているだろう。
「壊す」から、「なおす」がまぶしい。
「つくる」ことはなんだか喜ばれてきたし。
自問自答ファッションにふれ、最初に「好き」を掘ってみたときにも思ったこと。
私の「好き」って……ああ。いたたまれない。
それでもやっぱり好きは好きだったし。
それとこれとはつながっているところもあるけど、分けて考えていいことだとも思う。
これが「ダウト」なら私のすべてがダウトだよ。
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ぐだぐだ書いたうえに、とくにオチのようなものはない。
たぶんもう大丈夫だから書けたことだと思う。
重複してることもある。何度でも出てくることは何度でも出していくことにしている。
これを経て、私自身よくわかっていない「なりたい」がどうなっていくのか、なにがどこから出てくるのか。なにか出てきそうな気もしなくもない。
とにかく今書いておかなければならなかった。
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自問自答ファッションに出会ってよかったことのひとつ、私、人間のこと嫌いじゃないのかもって認められたことかなって思ってる。それでもいいんだなって思えた。
相変わらずこんな書きかただし、社交性はないし、ひとりが好きだし、いずれ土に還りたいけど。
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みんなのだいじなもの見せてくれてありがとう。
会いたい人がたくさんいるよ。
そんなふうに思えるようになったこと、認められるようになったことがとてもうれしい。
会わなくても、掘っている穴が交差しなくても、なんだかうっすらつながっている気がする。
自問自答しているみんなと話してると、私、ぜんぜん無口じゃないよねって思う。
あんまりうまく話せないけど。
聞いてくれてありがとう。
なんかしらの縁があってお互いいいなって思えたらさ、ともだちになれたらうれしいな。
そう思っています。
読み返して恥ずかしくなって消したくなるかもしれないけど、忘れたくないから書いておくね。
あきやさん、ありがとう。
また会いに行くね。
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