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回顧録-1

「あんたにも『若いとき』なんてもんがあったのか。」
「あったさ。こんなにやさぐれてない頃のあたしは、タバコも何もやっちゃいなかった。」
彼女が笑いながら、三本目に火をつけた。
「で、天使がなんだって。」
「あんた早漏かい。」
「は?」
「物事には順序ってのがあるんだよ。まずは、あたしが若かった頃の世界がどうだったかの話。」

「前にコンピュータの話をしたろ。」
「ああ、された。」
全世界とつながれる箱、だったか。
んなもん、想像もつかねぇが。
「アレを手の平ぐらいの大きさにしたものを全員が持ってた時代だ。」
「へー。」
ウソかホントかわからない、とは言うが、にわかにゃ信じられねぇ。
そういう時は適当に流しておくに限る。
「で、まぁ、あたしは学生だった。」
「ガクセー?」
「勉強してたってこと。今と違ってあのときゃ、勉強しかしなくていい身分ってのがあったんだ。」
豊かな時代だった、と、ぼやく彼女の口にくわえたタバコから灰が落ちた。
黙ってる横顔はまるで。
まるで、無垢な少女のようだった。

「ああ、豊かだったさ。――隕石が落ちてくる、なんて話が出る前は。」

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