時間を売る男

その男は困窮していた。凡庸な言い方をすると、明日の米にも困るほどに貧しかった。その男はハマり癖のある浪費家であったから、アニメや芸能人に一度ハマったら金が尽きるまでそれらに貢いでしまうのだった。



たまらなく腹をすかせたその男は、とにかく金を欲していた。そうであったから、彼が「時間買えます!」という張り紙を見つけたときにそこに書かれた電話番号に電話をしたのも自然な流れであろう。



「もしもし。」



「はい。お電話ありがとうございます。こちら時間ショップであります。何秒、または何日でもお買い上げいただきます。ただ、、、」



「あ、いやそうではなくで。今日は時間を売りたいのですが。」



「お電話ありがとうございます。どれくらいお売りになりますか?1秒につき1円の値が付きますが。」



「あ、えーと、じゃあ1時間売ります。」



「了解いたしました。1時間ですね。またのご利用お待ちしております。」



男は狐につままれた気分であった。なにせ男の体には何の変化も起こっていないようであったのだから。しかし銀行の通帳を見るとそこには確かに3600円振り込まれていたのだった。



翌日、また金に困った男は1日を売った。値段にして8万6千円である。しかし男はこれもパチンコで使い果たした。彼が今ハマっていたのはパチンコであった。

自分が売った時間を買って生き延びている人間がいるのである。そう思うと彼は不思議な気持ちになり、また少し達成感を感じてもいたのだった。



それを繰り返していると男は、思い切って1年を売ってしまおうと考えた。値段にして3153万6千円となった。ここまでの長い桁が通帳に並んでいるのを見たことはなかった。しかし、男の欲求は次第に歪んでいった。彼は時間を売ることにハマってしまったのである。



1週間後、男はさすがに焦りを覚えていた。なにせもう彼は自分の60年分の時間を売ってしまっていたからである。男の容貌は、80代の男のそれになっていた。男は自分の寿命が終わりに近いことを感じていた。



男はいつもの電話番号に電話をかけた。今度は男が時間を買う番である。1年分売ると、男の体に変化が訪れた。石のように重くなった肩は軽くなり、針金のように細かった体にも多少の肉がついた。男はその感覚に快感を覚えた。

またハマりそうだ、と男は思った。金は3世代先まで遊んで暮らせるほどあった。

男は見落としていた。時間を売るのは無制限だが、買うのは10年が上限だという項目を。

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