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自然界には、ひとの言葉になっていないおはなしがたくさんある


自然界には、まだひとの言葉になっていないおはなしがたくさんある。
宮澤賢治は、それをひとの言葉に翻訳していった。

『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』には、こんなふうなことが書かれています。

石や虫が、いま自分の目の前にある。ただそれだけの事実にも、石や虫がここに至るまでに過ごしてきた時間が存在しています。その時間がいかなるものであったかを想像するのは、そのもののおはなしを読むことにほかなりません。

かれらの姿形に目を凝らして特徴をつかみ、図鑑などから知識を仕入れて、それらが、あまたある石や虫のなかで、どこに分類されるかを考えます。そうしてかれらの来歴が分かれば、それは、その伝記を読みとるための手がかりです。

澤口たまみ著『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』

自然界の物語を読む。
それができたら自然の中を歩くのがもっと楽しくなりそうです。

先日、近所を歩いていると道端にスミレが咲いていました。

この本に倣って、このスミレの来歴を考えてみましょう。

スミレは、アスファルトの隙間など、街中でもよく見かけます。でも、こんなところに生えているのはなぜでしょうか? どこからやってくるのでしょうか? 植物関係の資料を読むと、こういうことのようです。

おそらく、ここからそう遠くない場所で、かつてスミレが咲いていたのでしょう。そのスミレは、やがて実を結びます。

ところで、スミレの種子には「エライオソーム」という、脂質に富む部位があって、これはアリの大好物なのだそう。スミレの実は熟すと3つに割れ、種子が外に飛び出します。

アリはその種子の匂いを嗅ぎ分けるのでしょうか。エライオソームをつけたスミレの種子を見つけ出したアリは、種子を自分たちの巣へと運びこみ、食事をします。

ただし、食べるのはエライオソームだけ。その他の部分はアリにとって不要なので、エライオソームを食べると種子を巣の外に捨ててしまうのだそうです。

こうして、スミレの種子はこの場所に運ばれてきたのでしょう。そして、やがて芽が出て、花を咲かせる。私がここでスミレの花を見られたのも、アリのおかげ、というわけですね。

こんなふうに「自然界の物語を読む」という視点をもつと、自然の中を歩くのがいっそう楽しくなっていきそうです。種子ができるころに、アリが本当に運んでいるのかも見にいきたいですね。


宮澤賢治のおはなしには、自然を見る魅力的な視点が詰まっている。
岩手在住で賢治の後輩でもあるエッセイストが、その言葉を紐とき、自然をより楽しく見るための視点を綴る。

著 澤口たまみ
定価  2090円(本体1900円+税10%) 
発売日 2023年2月13日
四六版 208ページ

内容紹介

⽊の芽の宝⽯、春の速さを⾒る、醜い⽣きものはいない、⾵の指を⾒る、過去へ旅する…
⾃然をこんなふうに感じとってみたいと思わせる、宮澤賢治の57のことばをやさしく丁寧に紐といた⼀冊です。
「銀河鉄道の夜」も「注⽂の多い料理店」も、宮澤賢治は、おはなしの多くを⾃然から拾ってきたといいます。それらの⾔葉から、⾃然を⾒る視点の妙や魅⼒をエッセイストの澤⼝たまみさんが優しくあたたかな⽬線で綴ります。
読めばきっと、こういうふうに⾃然を感じとってみたい、こんなふうに季節を楽しみたい、と思わせてくれる一冊です。

著者紹介

澤口たまみ
エッセイスト・絵本作家。1960年、岩手県盛岡市生まれ。1990年『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で日本エッセイストクラブ賞、2017年『わたしのこねこ』(絵・あずみ虫、福音館書店)で産経児童出版文化賞美術賞を受賞。 主に福音館書店でかがく絵本のテキストを手がける。絵本に『どんぐりころころむし』(絵・たしろちさと、福音館書店)ほか多数。宮澤賢治の後輩として、その作品を読み解くことを続けており、エッセイに『新版 宮澤賢治 愛のうた』(夕書房)などがある。賢治作品をはじめとする文学を音楽家の演奏とともに朗読する活動を行い、 CDを自主制作している。岩手県紫波町在住。

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