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高野秀行さん「じゃあ、僕と藤井さんは"狂言"と"エロ"ってことで…」【高野秀行×藤井一至スぺシャル対談その5】

それは、2023年11月12日のことでした。ノンフィクション作家の高野秀行さんが、旧Twitter(現・X)でヤマケイ文庫『大地の五億年』を絶賛してくださったのです。編集担当が喜び勇んで著者の藤井一至さんに連絡したところ、なんと藤井さんは高野さんの本の長年の愛読者であるとのこと。これは、お二人をおつなぎしなければ……!
そのような経緯で、辺境を旅するノンフィクション作家と辺境で土を掘る研究者による、学びあり・笑いありの濃い対談が実現しました。全5回にわたってお届けします。(原稿構成:高松夕佳)

ヤマケイ文庫『大地の五億年』

土研究者業界では歓迎モード

藤井 さっきある人から、「藤井さんの本にもギャグが入っているけれど、高野さんの笑いのほうが品がある」と言われました。

高野 え? 品がある? 逆じゃないの(笑)。ちなみにこの本、同業の方からの反響はいかがでしたか。

藤井 若かったから学会の上の方々にどう思われるかが気になって、オヤジギャグをかなり抑えたし、自分の研究、とくに土が酸性になるかならないかに非常にフォーカスし、前面に出して書いたんです。
出してみたら案外、みなさん本の執筆がいかに大変かをよく知っているので、「よく書いたね、お疲れさま!」と超祝福ムードでした。うちの業界、本当にいい人が多くて。ありがたかったですね。

高野 それはすばらしい。

藤井 テレビ出演したときも、「何やってんだ」と眉をひそめられると思っていたら、学会長自ら「学会で君の出演番組のDVDを流すから」と言ってくれたり。つまり、同業者からは思いの外、感謝されていたんです。やっぱり土は研究分野としてマイナーですから、「この本を読んで研究室を選びました」とか「研究者になりました」という人が数人でも出てくると大きいんでしょうね。特に私立大の教授になると、論文数よりも学生を何人集められるかのほうが評価に響くので、「お前の本が役に立っているよ」と言われたこともあります。

高野 本当に実益になってますね。

藤井 学生を持たない私のところには、利益は届いてませんが(笑)。学生を持っていれば、本を書いて学生を集め、研究室が繁栄していくという、いいとこだらけだったのですが。

高野 まあでも、こんなすごい本を若手が書いてしまうと、上の人からやっかまれたり、意見の違う人から突っ込まれたりするのかと思っていましたが、そうでもないんですね。

藤井 さほど独創的な内容を書いていないからかもしれません。

高野 割と定説なんですね。

藤井 そう。定説に寄せているので、あまり突っ込まれないし、特に最初は全方位に配慮して書いていたので。少なくとも直接聞く限りは、みなさん「役に立っている」と言ってくれていますね。本当のところはわかりませんが(笑)。

高野 それを聞いて安心しました。

誕生!? コンビ「エロと狂言」

藤井 一番の弊害は、私がこの本のせいで、すごいおじいちゃんだと思われてるってことですね。そんなに古めかしい文体を使ったかなあ。

高野 弊害じゃないじゃないですか、別に(笑)。落ち着いた書き振りなんですよ。しかしそれは僕と真逆ですね。

藤井 あっ。

高野 僕は文体が軽いから、すごく若い人だと思われているんですよね、いまだに。
僕は『謎の独立国家 ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞を受賞したのですが、同時受賞が早稲田大探検部の後輩、角幡唯介だったんです。彼の受賞は満場一致で決まったらしいのですが、そのあと、『~ソマリランド』のやつをどうするか、かなり議論があったらしくて。

『謎の独立国家 ソマリランド』集英社文庫

藤井 本格派じゃない、と(笑)。

高野 そう。「この軽さはなんだ」と議論されている様子が残っている。そこで僕を応援してくれていた人が「でも、高野さんは角幡さんの10歳上なんですよ。軽さもこの人の信条なんだ」と説明していて。

藤井 そうですよ、個性というか。私も『土 地球最後のナゾ』で河合隼雄学芸賞をいただいたのですが、そのとき審査員の中沢新一さんが「これはエロティック文学である」って(笑)。

『土 地球最後のナゾ』光文社新書

高野 え? 中沢新一さんに評価されたんですか。実は僕の『~ソマリランド』も、中沢新一さんが推してくれたんですよ。「角幡が能で、高野は狂言だ」って。本格派とコメディ路線という意味らしいんですが。そうか、エロティック……。じゃあ狂言とエロってことで。

藤井 まさかそんな共通点が見つかるとは(笑)。

研究者的執筆の悩み

高野 いずれにしても、著者がノリノリで書いているのが伝わってくるのはやっぱり魅力ですよね。著者の苦しみが伝わるよりは、面白いと思って書いているほうがずっといい。

藤井 1つお聞きしたいのは、僕のような研究者が本を書くときの匙加減です。
高野さんの本はファンが手に取るからいいのですが、僕の本を手に取るのは、僕のファンというよりは土のことを知りたい人が多い。だとすると、僕自身の話は余計なんじゃないかな、と。

高野 いやいや、僕だって最初の頃は同じでしたよ。だって高野秀行という書き手を誰も知らないわけですから。その状況で、アマゾンの話を知りたいのに高野の話なんてどうでもいいよ、と思う人がいてもまったく不思議じゃない。
僕は自分がどうだったかを見せたいのではなく、自分の驚きや感情の動きを通じて現地のリアルを伝えたいんです。僕自身の体験や喜怒哀楽の描写は、そのために必要なものだと捉えています。

藤井 そうか、そこが僕のケースとは違うのかもしれません。高野さんが本の中でぬかるんだ道を象に乗って進むとき、もはや読者である僕自身が象に乗ってる気分になっていますから。高野さんの本で大事なのは、そこですよね。
一方、僕の本を読みながら、僕と一緒に土を掘っている気分を味わう必要はないので(笑)。そこには大きな違いがある気がしますね。

高野 (笑)。それは確かに違いますね。僕は、納豆の調査を通しても、納豆は納豆単体で存在しているわけではなくて、納豆を作っている人がどんな民族で、どんな環境に暮らしているか、国の状況はどうか、それらすべて込みでの納豆だ、と伝えたいわけです。そのためにはやっぱり自分が現地で見たものを丸ごと伝える必要が出てきて、こういうスタイルになっているんですよね。

二人が行ってみたい場所

藤井 ところで高野さんは、次に行きたいところってもう決まっているんですか?

高野 チグリス・ユーフラテスの上流域にもう一度行きたいですね。前回、さーっと川を下っただけではわからなかったこと、振り返ると「あれ、なんだったんだろ」というものがあるので、それらと土を含めて、今年再訪して確認し、本に書きたいと思っています。

藤井 具体的に行く計画がすでにあるんですね。私は、まったく現実味はありませんが、アフリカ、マリ共和国の都市トンブクトゥに行けたらいいなあ、と。あらゆる建物が土でできているんでしょう、見てみたいですよね。かつては訪れた冒険家たちが帰ってこなかったとかで、「Gone to Timbuctoo」は「無茶苦茶なことをする」という慣用句として使われているそうですが。まあ現実的には今、行くのは難しいと思いますが、ずっと行けたらいいなあと思っている憧れの地です。

高野 今日は本当に面白かったです。藤井さんにはずっとお会いしたいと思っていたので、よい機会をいただけて嬉しかったですし、会ってみたらやっぱり想像以上に面白い方でした。めちゃくちゃ勉強になりました。ありがとうございました。

藤井 色々とお褒めの言葉をいただいて、むずがゆい時間でした。ずっと熱心に読んでいた本の著者とこんなに間近に接しただけでなく、私にバンバン質問をしてくださるという大変貴重な機会で、本当に感動しております。ありがとうございました。

(対談連載はこれで終わります。お読みいただき、ありがとうございました!)

【スペシャル対談その1~4】はこちらから

その1

その2

その3

その4

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狂言と評され、講談社ノンフィクション賞受賞作、

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前編

後編


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