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藤井一至さん「みんなが行かないところに行くやつが、一番強い!」【高野秀行×藤井一至スペシャル対談その4】

それは、2023年11月12日のことでした。ノンフィクション作家の高野秀行さんが、旧Twitter(現・X)でヤマケイ文庫『大地の五億年』を絶賛してくださったのです。編集担当が喜び勇んで著者の藤井一至さんに連絡したところ、なんと藤井さんは高野さんの本の長年の愛読者であるとのこと。これは、お二人をおつなぎしなければ……!
そのような経緯で、辺境を旅するノンフィクション作家と辺境で土を掘る研究者による、学びあり・笑いありの濃い対談が実現しました。全5回にわたってお届けします。(原稿構成:高松夕佳)

ヤマケイ文庫『大地の五億年』

攻守をスイッチ!

藤井 次は僕の番ということで、高野さんに色々と聞いていきますね。まず、『西南シルクロードは密林に消える』は本当に面白かったです。母親にも貸し出したところ、僕の本の評価は低い辛口な母が「めちゃくちゃ面白かった」と絶賛していました。

高野さんの本は、真面目な話なのに笑ってしまうんですよね。ああいう本を読むと、もう僕は文章にこだわらず内容だけを伝えよう、と思います(笑)。

高野 (笑)。でもあの本には何も科学的情報はないじゃないですか。

藤井 僕自身、あのあたりをうろうろしていたから、景色がなんとなくわかるんです。僕が行ったときにはもう象で移動する人はほとんどいなくなっていたので、そのへんに嫉妬心が湧いてきて。ああいいなあ、こういう景色がこの頃はまだあったんだなあ、と。

『西南シルクロードは密林に消える』講談社文庫

高野 ああ、そっか。藤井さんは知識や経験があって、読むだけで情景が浮かぶから、科学的な部分はご自身で補えるんですね。

藤井 それもあるかもしれませんね。でも一番面白かったのは、やっぱり最後、インドに不法入国して強制送還されるところです。あそこで一番笑う(笑)。

高野 そうですか。

藤井 土を掘るというのは結構リスクが高くて、私もアメリカで現地の人に通報されたことありますよ。アジアでも穴を掘るときには現地の人の許可を取るのですが、お母さんに「ここ掘っていい?」と聞くと、「いいよいいよ」と言うから掘っていたら、聞いていなかったお父さんが「お前ら何をしているんだ!」と鎌を持ってやってくる、みたいなことがある。最近はとくにコンプライアンスの問題からも、土を掘るのは大変です。

危険地帯でのフィールドワーク、怖くないの?

高野 っていうか、今思ったんですけど、土を掘るって怪しいですよね。

藤井 そうなんです。高野さんはいつも現地の言葉でしゃべるようにしているんですか。

高野 なるべくそうしてますね。

藤井 私は言葉があまり得意じゃないから、いつも主導権を奪いに行きます(笑)。相手から「お前何しているんだ」と言われてしまうと、説明が難しくなるので、言われる前に自分から「こんにちは。俺、これから土の研究をしに行くんだ!」と現地語で捲し立てて、向こうが返事をしたら「じゃあ、またね」と去る。

高野 それは必要な語学ですよね。サバイバル語学。

藤井 そう。ただ、僕の場合は土が調査できればいいので、基本的には危険のないところを選ぶのですが、高野さんは堂々と危ないところに突っ込んでいきますよね。自然環境は似ていても治安は土地によってさまざま。土地の人たちと接点を持つとき、恐怖心はないんですか?

高野 ないですね。

藤井 あ、ないんだ。

高野 恐怖心を持つような相手とは、組みませんよ。
それに、僕は芋づる式をとっているんです。いきなり行って「入れてくれ」と言っても相手にされるわけがないし、何もないところから親友は生まれない。だから少しずつ環境を作っていきます。

まずは現地出身の人と友達になる。それからその人に「自分はケシを栽培しているところに行きたいんだ」と話す。「それ、難しいよ」と言われながらも、いろんな人を紹介してもらううちに、だんだんコネクションができてくる。時間が必要なことも多いですね。時間が経つとネットワークも広がるし、その界隈の人たちに「高野っていう変な日本人がいるらしい」と浸透して、関係が熟成されていく。そのうち「じゃあ、あの人に紹介してもいいか」となっていく。

つまり僕が彼らのことを怖いというよりも、向こうが僕のことを怖いわけですよ。だって変な日本人なんだから。

藤井 確かに。

高野 自分たちに害を及ぼす人物かもしれない。だからその不安を順番に少しずつ解きほぐしていき、向こうの利益と僕の利益が一致したときに、初めて現場に入れるんです。

イラク、ユーフラテス川沿いの水路を舟で移動する湿地民の女性(撮影:高野秀行)

藤井 僕も、宗教的対立の続く中東やインドネシアなどに行くと、「俺たちの中にも一味がいるかもしれないのに、お前は不安にはならないのか」と言われることがあります。「お前は危険な人と絶対にかかわらない、と思っているかもしれないけれど、完全には排除しきれないものだ。もしかしたら俺の中に数パーセント、危険な部分があるかもしれないんだぞ」、と。確かにそうですよね。人間は見た目が安全そうだから安全な人というわけではないし、危ない組織の人だから危険な人とも限らない。

高野 そういうとき、何て答えているんですか?

藤井 僕は現地に行っちゃうと吹っ切れるというか、つながりがある中だと、そういう話をされてもあまり危険を感じないんです。話ができる友達の中にいる限り、決して危険ではない。そんなこと言ったら日本人同士だって心の中は覗けないわけで、安全とは限らない。そういうことですよ。

高野 ああ。僕もまったく同じです。顔の見える関係なら、何も怖いことはありませんよね。

僕は抽象に弱いんです。

藤井 この『西南シルクロードは密林に消える』、タイトルもすてきですね。それと、すごく照葉樹林文化(中尾佐助先生、佐々木高明先生らによって提唱された東南アジア北部・中国雲南省から西日本までを含む暖温帯林地帯に共通するも納豆・茶・焼畑などの文化)を意識されているのが印象に残りました。

最初からそういう意識があったのか、それとも現地を旅する中でそうした文化の存在に気づいていったのか。『謎のアジア納豆』や『幻のアフリカ納豆を追え!』(いずれも新潮社)へとつながる展開も見えていたりしたんでしょうか。

高野 まったくありません。常に今やってることが今の最前線ですから。その後にこれをやろうといった計画性は皆無ですね。

藤井 ああ、そうなんだ。

高野 『西南シルクロード〜』自体、うまくいくかわからないまま頭から突っ込んでいますからね。終わると、また違うことが浮かぶ。その繰り返しです。
『西南シルクロード〜』を書いてから納豆の取材を始めるまでには十数年のタイムラグがあるんです。その間に、「あのとき、なんか納豆としか思えないものを食べたけど、あれなんだったんだろう」といった疑問が出てきて。「そういえばチェンマイでもらって食べたのも納豆っぽかったな」とかつながって、「謎」へと膨らむわけです。

藤井 植物学者・中尾佐助先生の「納豆トライアングル」(ダイズ発酵食品の有名な日本、ヒマラヤ、インドネシアを結ぶ地域。その中心の雲南省を納豆の起源だとする仮説。)を最初からイメージされていたわけではないんですね。

高野 ないですね。僕はすごく抽象に弱いんです。とくに人から教えてもらう抽象的なことが苦手で、まったく頭に入らない。本で読んでいたとしても、そういうのはすーっと抜けちゃう。
自分で行って見て確かめると、ようやく体の中に入ってきて、好奇心を刺激し始める。そうして「これを知りたい」と思ったところで、本を読んだり人に聞いたりして調べ始める。今日、藤井さんに話を聞いているのも、自分の中に非常に具体的な疑問が湧いているからですし。

藤井 私は中尾佐助先生の本とか、石弘之さんの『地球環境報告』とかを読んで頭でっかちの状態で現地に行き、違うじゃないか! って思うことがよくあるんです(笑)。まあ当時とは事情が変わっていることもあるし、現実はそんなに簡単じゃない。

土壌が劣化して現地の人たちが苦しんでいる、と言われて行ってみたら、実際にはみんな「サバーイサバーイ(元気、元気)」とニコニコしていたりする。このギャップは何なんだ、と一瞬思うけど、次第に病院や学校に行けないという状況がわかってきたりもする。私はそんなふうに頭でっかちで現地に入って、その後、本当のところを自分の中で置き換えるのが楽しい。

最終的には自分で見聞きして置き換えたものしか、正しいと自信を持って言えませんからね。研究者としては、論文で読んだことを真に受けすぎるようではいけない。本当かなあ? と疑って、同じことを自分でやってみるぐらいじゃないと。自分の目で確かめれば、ああ、そうなんだ、と納得できる。僕は高野さんと違って、事前に抽象的な情報に触れておきたいタイプなんだな、と今気づきましたが。

高野 なるほど。僕はそのへんが研究者とは違うところで。研究者の人は、先行研究を大事にしますから。

藤井 そうそう、読まないと叱られます(笑)。

高野 でも僕にとっては先行研究って、あまり面白くないんですよね。誰も行っていないところに行きたいと思っているから、全然読む気がしない。先行研究がないのが理想です。

藤井 実際、危険とか何か理由があって誰も行ってないところに行かれてますね。

高野 テーマ的にもそうですね。あとで近い文献や資料があることに気づけば、参照しますが。

本格派ノンフィクションとは?

藤井 本にするときには、実はこういう情報があって、と取り込んでいるわけですね。やっぱりアカデミックだなあ。
フィールドワークというのは、基本的に高野さんのような「誰も行ってない場所で見てきたぞ」の集合体でしかないんですよ。みんなが行かないところに行くやつが、一番強い。アフリカにも納豆があったというのも、抽象的な人たちは「違いますよ、トライアングルがあるんです」となるか、「それは納豆とは呼ばないでください」となる。そういう世界なんですよねえ。

高野 本当に。もっと言ってください(笑)。僕はノンフィクション界でも評価されていないところがあって。まずタイトルがよくないんでしょうね。『謎のアジア納豆』とか、『イラク水滸伝』とか。ふざけてると思われる。文体も軽すぎる、と本格ノンフィクションの大御所の方には言われたりする。

藤井 本格派って難しいですよね。僕はずっと将棋をやっていたのですが、飛車をまったく動かさず将棋を指す人のことを「本格居飛車党」というんですよ。どこからその「本格」がきているのかわからないのですが。「あの人は時々、飛車を振る(振り飛車のこと)から本格的じゃない」とかいう。

つまり、本格的かどうかは時代によって変化しうる。かつて若き日の羽生善治先生のことを「本格的」と言う人はいませんでした。でも今、あれが本格的じゃなかったら何が本格的だ、という感じですよね。その都度臨機応変に、自分が出したいもの、あるいはみんなが求めるものの中で決まっていく形があるんだろうなと思いますね。

高野 じゃあ、いずれ時代が変われば、僕のほうが本格的になるかもしれない。

藤井 可能性は十分にあります。

(続きます)

【スペシャル対談その1~3】はこちらから

その1

その2

その3

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前編

後編


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