見出し画像

「イチ推し標本教えてください!」海獣学者の田島木綿子さんとめぐる国立科学博物館の標本庫ツアー♪

2021年7月に発売した『海獣学者、クジラを解剖する。』の続々重版を記念して、著者である田島木綿子さんに国立科学博物館の標本庫(普段は未公開)を案内していただきました。膨大な数の標本の中から、田島さんイチ押しの海獣標本10点を紹介するとともに、解剖室にも潜入。本の中に登場する、あのレジェンドたちにも会うことができました。

日本でも有数の規模と歴史を誇る、国立科学博物館。
いつも魅力的な展示が行われている上野本館では、巨大なシロナガスクジラが来館者を出迎えてくれています。

しかし実は、国立科学博物館に所属する研究者の方々の多くは、つくば市にある筑波研究施設で研究をされています。そしてこの筑波研究施設には、一般人がふだん立ち入ることのできない巨大な標本庫があるのです…。

画像1

晴天の日。正面に「国立科学博物館 自然史標本庫」が見えてきました!

画像3

こちらが田島木綿子さん。国立科学博物館動物研究部で海の哺乳類を研究されています。標本庫は8階建て。ここに長年にわたって積み上げられた自然科学の英知が結集しているのか、と思うとワクワクがとまらない。

画像3

入口を入ってすぐの1階には、一般の来館者向けに標本が展示されています。小さな陸上の哺乳類からゾウ、クジラ、ヒトまで、骨格標本を中心にガラス越しに見ることができます。

画像4

1つ目の推し標本は、天井から吊り下げられていました。「シャチ」です。

シャチは、田島さんが学生時代に一目惚れして、その後の進路を決定づけた思い入れの強い海獣です。この骨格標本はメスですが、オスはさらに巨大になるそう。

画像5

「骨にして見たときに、彼らはいろんなことを語ってくれる」(田島さん)

シャチは頭骨の形と耳の骨の形が特有で、ほかの鯨類と見分けるポイントになるそうです。そして鋭い歯も、シャチの大きな特徴。

画像6

他方、鯨類に共通した特徴も見られます。下顎の下にU字形のしっかりした骨が2本あるのがわかるでしょうか。「舌骨」といい、舌を使ってモノを飲み込むための骨です。

ヒトを含め、陸の哺乳類のほとんどの種では、舌骨は小さく細いのですが、鯨類は大きく進化しています。

画像7

「ほら、ゾウでも舌骨はこんなにちっちゃい。ほっそほそでしょ!」(田島さん)

鯨類は海に暮らす過程で飲み込む力を進化させたと考えられていて、そんなことも骨格標本を比較することで解明できます。

画像8

2つ目の推し標本が見えてきました。階段の横に鎮座するのは…ミナミゾウアザラシの「みなぞう」です。

画像9

3メートル近い高さで、大迫力。見えづらいですが、後ろに伸びている尾ヒレまでの長さも2メートルはありそうです。江ノ島水族館にいた個体が亡くなった後、はく製として保管されました。水族館では「大吉」という名前で人気者だったとのこと(メスの「お宮」ちゃんもいたそうです)。今も愛嬌たっぷりです!

ミナミゾウアザラシは、野生個体ではハーレムを作り、トップに君臨するオスはひときわ大きく「Bull(ブル)」と呼ばれますが、「このくらいのサイズは普通」(田島さん)というから驚きです。

画像10

そして、3つ目の推し標本。みなぞうの隣に並ぶ「ツノシマクジラ」の頭骨標本です。

ツノシマクジラは、日本で発見された新種のヒゲクジラです。1998年に山口県沖で死亡していた個体を調査したところ、新種であることが判明! 2003年に正式に認定され、学名は「Balaenoptera omurai」と名付けられました。これは、そのときのクジラの頭骨なのです。

標本庫内に頭骨標本は数あれど、この標本が特別なのは「タイプ標本」であるから。「タイプ標本」とは、新種を特定するときに使われた、世界に1つの標本を指します。つまり、これから世界中の研究者が新種のクジラを同定するには、必ずこの標本を参照しなければならないのです。

画像11

タイプ標本の目印が、この赤いラベリングです。一般公開されることは少ないですが、博物館などで赤いラベルを見つけたら、それは「タイプ標本」ということ。国立科学博物館には、クロツチクジラのタイプ標本も保管されています。

ツノシマクジラの発見についてもっと知りたい方は、下記の国立科学博物館のサイトに詳細がアップされています。


画像13

4つ目の推しは、「ジュゴン」のレプリカ

なごみます…。海獣のなかでも毛皮がないものは、はく製標本にできません。これはタイで製作されたレプリカで、かなりリアルにできているそう。タイは、海牛類の保護と研究にとても力を入れている国の一つです。

ちなみに、ジュゴンの乳首は前ヒレのすぐ下、いわゆる脇の下にあります。

画像14

「ほら、ここに乳首!」(田島さん)

赤ちゃんに哺乳するとき自然と抱きかかえるような姿勢になることから、その姿が人間に見間違えられるようになり、「ジュゴン=マーメイド説」が生まれたそうです。生物学的に納得!

5つめは…

オットセイ

「オットセイ」のはく製がたくさん。

『海獣学者、クジラを解剖する。』の1章で、水族館の獣医さんから、飼育中に死んでしまったオットセイの死体100体を引き取ってくれないか、と電話をもらうエピソードがあります。

コウモリ?

これは、そのときのオットセイのはく製の一部。幼体なので小さく、このときはまだはく製づくりの経験が浅かったこともあって「何だかよくわからない代物になってしまった」(田島さん)

はく製としては不格好でも、展示会で毛並みを実際に触ることで、幼体と成体とでは毛のやわらかさが全然違う!ということも伝えられるのだそうです。

毛ざわり幼体

奥に見える茶色っぽい毛が成体、手前の黒っぽい毛が幼体です。幼体はすべすべ~。この手触りが珍重されて、過去には乱獲の対象になりました。

アザラシ頭

それは何ですか!!!

「これはね~、アザラシの頭部の皮。洞毛(口の近くにある毛状の感覚器官。ネコのひげと同じ)が生えているのがよくわかるでしょ。頭部だけでも立派な標本になるんですよ」(田島さん)

研究者の方は、本当に標本を大切にしているのですね。

次回は、クジラのマニアックなイチ推し標本を紹介します!