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書店「Title」店主が語る「読めば、力が湧いてくる」牧野富太郎のエッセイ集
今春のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなっているのは、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎。氏が幼少期に親しんだ故郷・高知の山、遭難しかけた利尻山、花畑に心震わせた白馬岳など、牧野が訪れた山と植物にまつわるエッセイを集めたヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)がベストセラーになっています。本好きが篤い信頼を寄せる書店「Title」店主の辻山良雄氏の書評を掲載します。
人間中心でない視点から見る山
通常わたしたちが親しんでいる山の随筆は、ある山の姿が麓から山頂へと、山登りの情景そのままに、次第に展開されていくものが多いのではないか。
だが本書に描かれる〈山〉は、自分のことを「草木の精かも知れん」と疑っていた牧野富太郎が書いたものらしく、“植物の眼から見た日本の山”といった趣が強い。
読めば、人間中心の見方からはなかなか自由になれない、わが身の頑なさがよくわかるのだ。
文中を貫く筆致は、時にも場所にも縛られることなく、彼の好奇心のまま自由自在。たとえば箱根に生息する「みずすき」を書いた章では、この種がもともと熱帯に生じる種であることについてふれたあと、
「本種は信州中房温泉場にも生じ、またさらに遠く北して北海道胆振国の登別温泉場にもこれが生えている。たとえ温度高き温泉場にせよ、元来熱帯産なる本種を北海道に見ることはじつに珍中の珍なるものである」
としている。
こうした例は本書に数多あるが、植物目線で見てみれば、一見つながりそうにない遠く離れた〈山〉であっても、それを結ぶ一本の線、この列島の別な姿が、まるで一枚の地図のようにはっきりと浮かび上がってくるから面白い。
牧野富太郎はその生涯において、『牧野日本植物図鑑』に代表されるような、緻密で情緒豊かな植物図を多数残した。そのようなスケッチもまた、よく見ることからはじまったのだろう。
本書に収録された文章も、そうした「よく見るひと」の手つきで書かれている。
「貴女方はただ何の気なしに見過ごしていらっしゃるでしょうが……」
そんな声も聞こえてきそうだが、植物の葉っぱや花の形、大きさはもちろん、それが生えている土地の土壌や風景、更にはその用途にいたるまで、それぞれの植物の姿が生まじめな詳細さでもって描かれているのだ。
その姿勢は科学者らしくクールであり、一人の人間としては愛情深く、ただただ圧倒されるものである。しかしそんな彼の姿は、周りにいた人にとって見れば、まぶしくもあるが少し困った側面もあったのではないか。
利尻山での採集行のこと。まだ植物を充分に採集していないと感じた富太郎は、「余は何分にもまだこの山を捨てて去ることが出来ない」と言いながら、食料も装備も足りぬまま、山中で一夜、更にもう一夜と、その場で野宿を決めてしまった。
いま思わず「富太郎」と呼び捨てにしてしまったが、高知県・佐川の野山を駆け回っていたころと変わらない、少年のこころを残す彼の姿に、きっとまわりの人はハラハラしていたに違いない。
「夢中人」
そんな言葉も自然と頭に思い浮かぶが、このように何かに夢中になれたら素敵だろうなと思う。
朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまない
こんな歌を読まされれば、笑って許すほかないではないか。
「こうしてはいられない」
読めば体じゅうがむずむずしてきて、きっと何かをしたくなる、力が湧いてくるような山の随筆集である。
評者:辻山良雄(つじやま・よしお)
東京・荻窪の新刊書店「Title」店主。兵庫県神戸市生まれ。大手書店チェーン・リブロに勤務ののち独立し、2016年1月に本屋とカフェとギャラリーの店Titleをオープン。新聞や雑誌などでの書評、ブックセレクションも手掛ける。著書に『本屋、はじめました 増補版』(ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』(幻冬舎)など。毎月第三日曜日、NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」にて本の紹介を行っている。
ヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』発売中
幼少期の佐川の山での思い出を綴る「狐のヘダマ」、植物を追い求めて危うく遭難しかけた「利尻山とその植物」、日本各地の高山植物の魅力を存分に語る「夢のように美しい高山植物」など、山と植物にまつわる35のエッセイを選出。エッセイに登場する山のデータと口絵のマップ付き。
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