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「ヤマケイの本」全文公開

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本noteで公開している、全文公開記事をまとめました。
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記事一覧

「単細胞」は愚かさの代名詞? じつは驚くべきことをやっている!

「一寸の虫にも五分の魂」といいまして、虫けらごときにも生きとし生けるものとしての「生」があることを忘れてはならぬとされています。普段顧みぬほど小さい生きものにも、実際必死の生活があります。人類の歴史など足下にも及ばぬほど長い歴史を背負っています。何千万年、何億年という地質年代をずっと生き抜いてきているのですから、その営みはさぞ力強かろうと思われます。決して侮ることなどできないように思われます。果たしてその力強さとはいかばかりなのでしょうか? 最も単純な生物はたった一つの細胞

生き物の知的な行動はどう生まれるか? に迫る本

生きものの知性を探る旅 この本は、「生きものが知的であるとは一体どういうことだろうか?」という疑問について、粘菌という単細胞生物の振る舞いを見ながら、なるべく根源的なところを探した研究を紹介しています。「知的」といってるのに、「単細胞生物」を対象としていることが、すでに問題提起的です。「単細胞」という言葉にはあまり賢くないという意味がありますが、どうもそうとは言い切れないようです。このことが、この本の出発点になっています。 知的というと、まずはヒトの能力を思うのがふつうで

映画「ゴールデンカムイ」アイヌ語監修者が語る、アイヌの物語のとてつもない魅力

 映画「ゴールデンカムイ」の公開が始まりました! マンガから一貫して同作のアイヌ語監修を務める千葉大学名誉教授・中川裕氏が"名著"として推薦しているのが、ヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』です。アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した一冊。本書から、中川先生書き下ろしの序文を公開します。 河合隼雄氏、推薦! 「『ウウェペケレ』は『昔話』そして『お互いの心が洗われる』ことを意味する。人間の生死について深く考えようとす

「12頭のシャチが流氷に閉じ込められた!」…極寒の中での救出、シャチの親子を襲った悲劇とは?

 日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊です。本書から、内容の一部を公開します。写真:©Uni Yoshikazu,2005 北海道から届いた衝撃の一報  2005年2月7日、国立科

牧野富太郎博士が美しさに感嘆したイチ押しのお花畑とは?

白馬岳のお花畑 私もだいぶ方々の高山に登ったが、日光は女峯(にょほう)や男体山(なんたいさん)はどうかというと、外輪的で比較的高山植物も少ないが白根山(しらねさん)は多い。八ヶ岳は登るに都合の良い高山で八ヶ岳むぐら、八ヶ岳しのぶなどは日本ではこの山のみに限る高山植物である。ひげはりすげ等も観賞には適せぬが植物学上珍しいものでこれもこの山に限られている。高山植物についての知識を得ようと思えば信州の白馬岳(しろうまだけ)に登るがよい。 東京から行くとすれば上野駅から長野行の汽

牧野富太郎博士が恐山の林で歌い、踊った理由

ニギリタケの握り甲斐 ニギリタケは、Lepiota procera Quel. なる今日の学名、およびAgaricus procerus Scop.(種名のprocera は丈高き義)の旧学名を有し、俗にParasol Mushroomと呼び、広く欧洲にも北米にも産する食用菌の一種である。そしてニギリタケとは握り蕈の意であるが、握るにしては、その茎、即ち蕈柄が小さくてあまり握り栄えがしない。それで、私はこの菌を武州飯能山で採ったとき、「ニギリタケ、握り甲斐なき細さかな」と吟

牧野富太郎少年が見つけた「白くて丸い怪物」の正体とは?

狐のヘダマ 幼少の頃、私は郷里佐川の附近の山へ、よく山遊びにいった。ある時、うす暗いシイの林の中をかさかさと落葉を踏んで歩いていると、可笑しなものが目についた。フットボールほどもある白い丸い玉が、落葉の間から頭を出していたのだ。 私は「何だろう」と思って恐る恐るこれに近寄っていった。しかし、別に動きだしたりもせず、じっとしている。 「ははあ、これはキノコの化物だな」と私は直感した。そして、この白い大きな玉を手で撫でてみた。すると、これはその肌ざわりからいって、まさにキノ

地球と生命の5億年の旅を叶える一冊!『素晴らしき別世界』の「はじめに」公開。

◎過去を知ることは、未来を知ること アラスカを渡る巨大なマンモスの群れ、泥地にダイヤモンド模様の高木が屹立し、翼竜が水中に獲物を見つけて湖にダイブ! 海には透明で巨大なガラス建築が広がり、海底では最古の熱水噴出孔動物ヤマンカシアが生きている――。本書で描かれる地球の光景は、まるで別世界です。 『素晴らしき別世界 地球と生命の5億年』トーマス・ハリデイ/著、水谷淳/訳(山と溪谷社)の発刊を記念して、本書冒頭の「はしがき」を全文公開いたします。 “素晴らしき別世界”へ、よう

【養老孟司が教える】虫も人も、行きがかりで生きている

◎人が生きる理由とは 人はなぜ生きるのか、と問われることがある。 物事にすべて理由があるとは限らない。理由を語ることのできる物事と、できない物事がある。しかし現代人は、「理由のないもの」にのみ違和感を抱くようだ。   この歳まで生きてきてつくづく思うのは、世の中がどんどん都市化して、街になったということである。街には理由のないものは存在しない。目に入るものにはすべて、何かの目的や理由があり、それがわかるようになっている。   部屋の中はその典型である。椅子は座るものだし、机

【養老孟司が教える】「同じ自分」でいれば、飽きるに決まっている

◎ファーブルはなぜすごい? ファーブルの『昆虫記』は九十歳を超える一生の中で虫を見てきた記録である。これは凄いと思う。生活費も稼がなくてはならなかったのだから、虫だけ見ていたわけではない。ファーブルみたいな人がいたということが、虫が見るに値することの証拠になる。   ファーブルはまさに「この道一筋」の人だった。この慣用句は、一生同じ会社に勤めていた、というような意味ではない。「この道」というのは、あまり目立たない、地味な仕事という意味であろう。でも、それを一生、ひたすらやっ

動物が笑っているように見えるのには、深い理由がある

◎子ゾウは笑う?  ゾウの妊娠期間はとても長い。交尾から約2年かけて胎児を育て、100キログラム程度の子どもを、基本的に1頭産む。ゾウの乳首は、前肢の腋の下(腋窩)に左右1対存在する。生まれたばかりの子どもは、他の草食動物同様に自力で立ち上がり、1メートルほどの高さにある母親の乳首に吸い付く。    通常、ゾウが水や大好物の果物を摂るときは、あの長い鼻を使って口に運ぶ。しかし、子どもが母乳を飲むときだけは、鼻を使わず母親の乳首を口で咥えて飲む。つまり、母乳を飲むときは顔にあ

生きることはみっともなくたっていいと動物たちが教えてくれている

「生理終わってよかった!」 「本当に! ねぇ、”りんびょう”すっごい大変だった〜」  これは私が獣医大学に通っていた頃、電車の中で同級生たちと大声で交わしていた会話である。  最初の「生理終わって〜」というのは、獣医生理学の実習が終わってホッとしたということ、その次の「りんびょう」とは重篤な病気の淋病とは関係なく、臨床病理学(略して「臨病」)の授業が大変だった、という意味である。  当時は周りの方々が聞いたらどう思うだろう?などと1ミリも想像できず、今から思えば恥ずかしい

枝いっぱいに咲くコブシの花を、宮澤賢治はこう表現した

「サンタ、マグノリア、枝にいっぱいひかるはなんぞ」 向こう側の子が答えました。 「天に飛びたつ銀の鳩」 こちらの子がまたうたいました。 「セント、マグノリア、枝にいっぱいひかるはなんぞ」 「天からおりた天の鳩」           童話「マグノリアの木」 花がまるで鳥のよう じめじめとした霧のなか、険しい山谷を歩き続けてきた主人公、諒安。にわかに霧が晴れ、いちめんに咲いた「マグノリア」の花がその目に映りました。日の当たるところは銀のように光り、日陰になったとこ

野生動物をとることについて、宮澤賢治はこう考えていた

おい、熊ども。 きさまらのしたことはもっともだ。 けれどもな おれたちだって仕方ない。 生きているにはきものも着なきゃいけないんだ。 おまえたちが魚をとるようなもんだぜ。 けれどもあんまり無法なことは これから気を付けるようにいうから 今度はゆるしてくれ。           童話「氷河鼠の毛皮」 「氷河鼠の毛皮」は、黒狐の毛皮九百枚を求めてベーリング行きの急行列車に乗ったイーハトーブのタイチなる人物が、白熊のような雪狐のような、皮が毛皮でできているようなも