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「いぶき」第24号鑑賞 ―雑詠欄―

先日「いぶき」24号の代表作品を鑑賞したことに次いで、ここでは雑詠欄のなかで目についた句を鑑賞したい。

「いぶき」の雑詠欄について

今井豊・中岡毅雄両代表制である「いぶき」の雑詠欄は、投句者の句が両代表それぞれからの選を受ける。投句者は七句を出し、その中から、最も多くて六句、少なくて三句が選ばれ、誌面に掲載される。また、六句選出されているもののなかで、特に優れている上位八席は、代表による一句鑑賞が添えられる。
今井代表による選の欄は「齋甕集(ゆかしゅう)」、中岡代表による選の欄は「一碧集」と名付けられていて、同じ投句者でもこの両者で選出が大きく異なる場合もあるのがおもしろい。たとえば、上位八席のメンバーが「齋甕集」と「一碧集」とで異なるのは当然のこと、極端な場合には「齋甕集」では上位八席に入っていても「一碧集」では三句欄に載っているということが原理上あり得る(私はまだそういうケースを実際に見たことはないが)。

小森邦衞さんの句

そのような雑詠欄において、今号では両集において一席が同じ作者となった。比較的珍しいことだ。
その作者は小森邦衞さん。俳人であるとともに、生業は漆芸家。輪島塗の大家であり、人間国宝でもある。石川県立輪島漆芸技術研修所所長、そして石川県立漆芸美術館館長という、とても大きな務めを果たされている方である。
住まいは石川県。能登半島地震で大きな被害を被られた。
そんな小森さんが投句された作品の一つに私は強く惹かれた。

一月一日天に星あり地に炎  

壮絶な詩境だ。多くを語る必要は無い、強い力をもった句だと思う。もし私が同じような境遇に至ったとき、果たして、自分の目に入る光景をこんな風に見事に詩へ昇華することができるだろうか。そもそも、私なら俳句を詠むことなど簡単に途切れさせてしまうかもしれない。
なお、今号の雑詠欄の投句期限は2月中旬だった。掲句を始め、小森さんが今回投句された作品は、被災体験をありありと描いたものばかりだったが、この時期にすでにそのような句の数々を詠まれていたということも驚きである。

その他佳句

その他、目についた句を挙げていく。

海峡を船のこみあふ接木かな 前田あづさ

ふと、友岡子郷の「隣り島とは往き来なく袋掛」を思った。視点が似ているのだと思う。「こみあふ」がとてもやさしい。"混み合う"ということを言っているはずなのに、ごちゃごちゃしてうるさいのではなく、のびのびとした海峡の景が思い浮かぶ。

寒凪や淡路の屋根が日を返す   加藤志づ

助詞「が」は、能動性を与えると言うか、はっきりと切り出す力と言うか、そういう強いものを持っている。その効果がこの句では良いかたちに現れていると思う。「や」の切れもそれを助けながら、きりりと澄んで気持ちの良い風景が立ち上がっているのだ。

春兆す指鉄砲を君に向け 石﨑智紀

すごくニヒルだ。けれど、嫌な感じがしない。「春兆す」も動かない。と言うか、この季語と中七以下が関数になっているような、そんな相互作用が成りたっているように思える。
「いぶき」の人達の句にはよく「君」が出てくるように思う。実は私は、自分の句には絶対に入れたくない言葉だなと思っている。しかし、掲句の「君」はなぜかとても好感が持てた。必然性のある「君」だと思う。

佐保姫にコサージュつけて褒める役 有瀬こうこ

春の女神である佐保姫にコサージュをつけるという作中主体は、一体どんな存在身分なのだろう。とても愉快な句だ。
よく考えると、「佐保姫」と「コサージュ」の組み合わせは、つき過ぎ、と言うのでもないが、意外性があまり無いとも考えられる。眼目はやはり「褒める役」にあるのだ。これがおもしろい。「いいですよー!とぉっても素敵ですよ姫様ぁ!!絶対これでいきましょ!!」なんて大袈裟な拍手なんかつけて言っているのだろう。

高校生以下の作品

「いぶき」雑詠欄には「一碧集」と「齋甕集」の他、「一碧集Ⅱ」と「齋甕集Ⅱ」がある。これは高校生以下の投句者のために設けられているものだ。
「いぶき」は俳句をする若い世代の育成に特に力を入れており、特に今号と先の23号は、会員以外の若手からの投句も募る企画を行っていた。
この「Ⅱ」欄のなかで個人的に秀句と感じたものも鑑賞させていただく。

洋館の便所の窓の氷柱かな 渡邊広脩

抑制が効いた渋い詠みぶりでありつつ、「便所の窓の氷柱」という斬新な視点に若い突破力を感じた。「の」で繋いで、何が来るのかと期待させる構成。「なんだ、氷柱なの」と肩透かしを食らわせられるような感じがするけれど、それがまたおもしろいと思う。

星朧音叉に残りたる余韻 水野結雅

こちらも、老練さも感じさせながら若い感性のきらめきも見ることができる句だと思った。きれいすぎるくらいに、取り合わせが見事だ。

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