気付くと僕は一人で肉を焼いていた。

昨日、大阪で新人王戦の対局があった。勝てばベスト4。気合が入っていた。
相手の池永さんが強い事は知っていたが、こちらも負ける訳には行かない。この前、関矢さんが勝てば自分も勝つ。みたいな事を書いた手前、ますます負けられなかった。

この日は三間飛車から穴熊に組んで、長く戦う姿勢だった。自分からは倒れない。粘り強く戦う事が最近のテーマだ。 

専門的な感想としては、相手の端の拠点を少し甘く見たかも知れない。左辺で上手く捌いたように見えたが、全体的に苦しめな将棋だったようだ。

だがそんな細かい事は関係ない。戦っている最中は手応えを感じていた。しっかり深く読んで指していたつもりだ。

ーーだから、端の拠点に銀をブチ込まれた時、本当にめまいがした。
ギリギリ大丈夫だと思っていた自玉は、その銀で倒れていた。
10秒もあれば将棋が終わった事は分かった。
深く読んで、あえて危ない橋を渡ったつもりだった。もう取り返しがつかない。
塾生の方に買ってきてもらった4本入りのバナナ、最終盤に備えて1本残していたのに。もう1手も指せない。

将棋界に伝わる残念棒という言葉がある。考慮時間を使ったものの指さずに投了した場合、指し手の欄に棒を引かれるのだ。
「これがあの残念棒かぁ。」と思った。16分考えたらしいが、ほとんど何も考えていないに等しい。
ぽけーっと呆然自失。そんな感じの残念棒である。


ーー守衛さんにiPadを預かってもらっていたことも忘れて、将棋会館を出る。
疲れた〜。外は暑いよ…。お腹空いたよ…。

スタスタ早歩きをして、気付くと、文字通り吸い込まれるようにして焼肉屋さんに入っていた。人生二度目の一人焼肉である。

デーブル席に通してもらって、恐縮する。机が広い! 

食べ放題コースにしますか?と聞かれて少し躊躇してしまった。しかし、ここまで来て何をためらう事があるのだ?後は食べるくらいしかやる事がないだろう?
最終的には牛タン付きのちょっと高いコースにした。

最近は少し健康に留意して炭水化物を摂らないようにしているから、次々と運び込まれる肉達と、ガチンコのタイマン勝負だ。
まず初手は牛タンから入る。これは定跡で、師匠からもそういうものだと教わっている。
網一杯に広がる牛タンが、全て自分のものであるという事実に興奮を抑える事が難しい。
ついさっき無残に負けた僕はこの肉を前にしては圧倒的な支配者である。
さっと焼きあがったタンを惜しげも無く一気に頬張る。うん。え、美味くね?
あれ、幸せなんですけど。

ここから先は個性が出る所だが、大皿のサラダを2つ注目した。現代焼肉においては、健康に気を遣っている感を出す事もトレンドである。
それと、ハラミとステーキを注文した。ステーキに関しては、トリュフの香り広がる特製ダレで召し上がれ、とある。ふっ。なかなかやるじゃん。

サラダを取り分ける事もせず無造作にパクパク食べながら、ステーキをじっくり焼いていると、電話が鳴った。なんだよこんな時に…
「もしもし!?関西将棋会館の〇〇です。先生、帰られましたか?iPadは…」
「!! わざわざすみません。忘れていましたが、今近くで肉を焼いていますので大丈夫です。しばらくしたら取りに戻りますので。」
「…?? あ、そうですか。分かりました〜。」

申し訳ない事をした。わざわざ電話を掛けさせてしまって。
(え、ステーキ美味すぎるんですけど。ハラミも当然美味しい…)


そこからも、盤上での鬱憤を晴らすかのような流れるような肉捌きが決まった。色んな種類の肉を余す事なく堪能出来たし、中盤の「クセになるきゅうり」二連投も一人焼肉ならではだ。

最後は国産牛、上すき焼きを決め手にしようと思っていた。
卵に肉を突っ込みながらこの一局の流れを振り返る。うん。食べたいやつ全部食べれた。全く悔いがない…

一人で肉を焼いている自分の事を虚しいとか哀しいとかは思わない。
しかし、肉にはいつか終わりが来る。その事がただただ悲しかった。
感謝と一抹の寂しさを胸に抱きながら、最後の肉をすき焼きで頂く。
うーん美味しい!!!

終わりに向かって、形作りも大事である。最後は熱々のお茶が僕を待っていた。


ーー あれ、なんの記事でしたっけ。
次は将棋で会心の捌きを見せれるように頑張ります!!

山本博志


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