きわみん


お久しぶりです。


書こうと思っていてなかなか書けていなかった、僕の親友で恩人で、なおかつ保護者的人物でもある「きわみん」の話を書きたい。


「きわみん」こと、極と僕の出会いは、小学二年生の頃まで遡る。僕が通い詰めていた将棋会館道場でよく見る少年のうちの一人で、お互いに同い年である事が分かってからは、一緒に通っていた父親同士が何故かライバルになって仲良くしていた事もあり、よく意識する相手になっていた。

当時はお互いに1級から初段で、(父親同士もその棋力帯で、今思えばめっちゃ楽しい状況だった。)僕は振り飛車党、彼は居飛車党だった。

彼は8歳だったが、今と殆ど同じ顔をしており、佇まいも落ち着いていてすでに貫禄があった。
山本少年の四間飛車に対して彼が得意にしていた指し方は天守閣美濃で、それも当時少年の間で大流行していた右四間飛車からの攻撃的な指し方ではなく、まるで高橋道雄、森下卓という先生方のような手厚い4枚美濃を十八番としていた。そんなベテランのような渋い将棋の子供は他にはいなかった。

僕は道場の同世代の中でも抜けた存在だったはずだが、彼の手厚い指し回しには中々勝てなかった。強いやつとは仲良くしたくなるのが将棋少年で、よく話しかけるようになったが、あんまり会話になった記憶がない。彼は寡黙な男だった。※8さい

僕がアマ三段になった頃、彼はパッタリ道場に来なくなってしまった。悲しかった。風の噂で、めちゃくちゃガリ勉して中学受験を目指しているという話を聞いて、内心「勉強にうつつを抜かして将棋を裏切りやがって!」と山本少年は憤慨していたのだった。


それから暫く経ち、もう会う事はないと思っていたが、白鴎中学の入学式で浮き足立つ新入生の中に、彼の姿を見つけた時は本当に驚いた。(もっとも、彼は浮き足立つどころかさらに風格を増していたが) 

〜〜以下再会シーンの回想〜〜

「おい!! きわみ!!」
「あ、ひろしじゃん。」
「お前、将棋やめて勉強なんてしやがって!! 裏切ったな!」
「(冷静なる微笑)」
「この!何笑ってるんだ!」


要するに、僕は将棋の特別枠入試、彼は勉学の一般入試で共に白鴎中学に合格して、奇跡の再会を果たしたという訳だった。

それからの付属高校も含めた6年間、僕らは共に青春を過ごした。
青春といっても、良く言えば哲学的な、悪く言えば陰気臭い話ばっかりしていて、二人とも全然爽やかでは無かったが、その分お互いの内面を深く理解し合える関係だった。

彼は、
奨励会でもがく僕の事を、とてもよく理解してくれていたし、僕が体調を崩して学校を1カ月休んだ時には、テスト範囲のプリントを全て写メで送ってくれる程優しかったが、ずっと囲碁将棋部だったくせに、突然野球部に入って爽やか青春ライフを送り出した事だけは許せなかった。君と仲良くしていた女子の事はハッキリ言って目の敵にしていたよ。

でもよく考えたら、中学3年の修学旅行の班決めの時は、せっかく同じ班に誘ってくれたのに、その誘いを断って、見栄を張ってイケてるグループの方に入ったこともあったからお互い様かな。あの時はごめんよ。


高校を卒業した後、彼は東大を目指して自宅浪人して、僕は三段リーグに参加した。お互いに苛酷で孤独な環境だったから、頻繁に連絡を取っていたと思う。乃木坂46にハマっていて、その話ばかりしていた。この時期の乃木坂にはかなり詳しい自負がある。アンダーからなかなか選抜に上がれないひめたんこと中元日芽香さんの苦労を思って夜な夜な語り明かした事もあった。(13枚目の、「今、話したい誰かがいる」辺りの時期です。)

彼は深川麻衣さんを推していて、その聖母的な魅力を語り出せば止まらなかったし、僕は齋藤飛鳥さんの毒舌の裏にある魅力を熱弁した。もちろん二人とも伊藤かりんさんのことはとても応援していた。

岐阜まで旅行に行ったのに、ずっとシャドウバースばっかりしていた事もあったなぁ。戦略ゲームで彼に負ける訳にはいかなかった。


19歳のこの1年の事は忘れられない。


その後もこの時期ほどではないが、定期的に互いの近況を報告し合った。彼は東大に0.9点届かず、僕は三段リーグで鳴かず飛ばずだった。会うのはいつもサイゼリヤか大戸屋で、僕のなんの説得力もない恋愛論の話をこんこんと聞いてくれたけど、彼は嫌な顔ひとつしなかった。


22歳になり、僕が四段に昇段してプロ棋士になった。
この時の彼の喜びよう、興奮といったらなかった。この寡黙な男がこれだけはしゃぐのだから、将棋のプロは結構凄いのかも知れないと思った。彼のお父さんはもっとはしゃいでくれていたらしい。ありがとうございます。


教師になる夢を叶えた彼とは、今では随分連絡の頻度は少なくなってしまったが、僕がたまに中継でいい将棋を指すと連絡をくれたりする。

彼も細々と将棋を続けていて、モバイル中継はしっかり見ているらしかった。将棋倶楽部24でもちょくちょく指しているらしいので、僕のアカウント名を教えて勉強するように言ってみたり。彼のアカウント名を検索して、結構強いじゃんと呟いてみたり。


そうして、最近彼から連絡が来た。

なんと、将棋倶楽部24で五段、レーティング2300点になったらしい。
細々とネット将棋を指すだけでこの点数は凄い事で、奨励会員クラスだ。
もし彼が勉強にうつつを抜かさずに将棋一筋でやっていたら、どうなっていたかなとチラッと考えてしまう。

それでも、彼が細やかに教えてくれる世界情勢の話が聞けなくなってしまうのは困るし、三間飛車の話をした時に感動してくれなくなって、もっと強かったら反論されてイラついていたかも知れないから、これが一番素晴らしい関係性かな。


きわみん、最近はあんまり会えてないですね。色々と落ち着いたら、大戸屋じゃなくてちょっといい肉でも焼きに行きましょうか。


山本博志


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