4月22日

※今日のモバイル中継も合わせてお読み下さい。

6時45分に目を覚ました。こんな朝早くに起きたのは何日ぶりだろう?
空気が澄んでいて気持ち良い。この感覚を知らずに1日を始めるのはもったいないな、と思う。
うん。もったいないぞ、いつもの俺。

4月7日に東京に緊急事態宣言が発令されてから、僕は江東区の線を一歩も出なかった。奇しくも師匠の言いつけをより厳格に守った形だ。(実家は出ても江東区は出るな、と言われています)

しかし今日は渋谷区、将棋会館に行かなければならなかった。記録係を務めるためだ。
現在、奨励会は休会中。未成年も多い奨励会員に、今記録係を務めて貰うわけにはいかない。棋士が棋士の記録を取る、自給自足が始まっている。恐らく若手の棋士を中心に募集がかかっているのだろう。
今の状況で記録係をやるのは大変。しかしどう考えても自分はやるべき立場だろう。

9時00分、将棋会館に到着。いつも遅い人間ほど、加減が分からず早く着き過ぎてしまう。10分程で準備を終え、まったくの暇になった。

運良く、お世話になっている中村真梨花さんも記録係で来られていた。
マリカさんも早く準備を終えられていたようで、"ソーシャルディスタンス"を保ちつつ談笑する。
聞くところによると、昨日は男性棋戦の記録係、今日は女流棋戦、さらに今後もいくつか記録係を務めて下さるらしい。
神か??と思った。Are you GOD?
今この状況で記録係を進んで務めるという事が、どれだけ尊いことか?
一棋士として、本当に感謝しています。

マリカさんもその周りの方々もお元気そうで、少し安心する。なにせ将棋界の方と直接話すのも久しぶりなのだ。

9時50分になり、飯島七段と門倉五段が現れる。挨拶をすると丁寧に返していただけた。

2人が駒を並べ始めて9時55分を過ぎる頃、渋谷区役所からだろうか? アナウンスが聞こえてきた。「緊急事態宣言発令中の為、不要不急の外出は控えて家にいて下さい。」大広間中に大きく響くが、2人が耳を貸す様子は無い。
棋士にとり対局は全てであるから、不要不急にはあたらない。

10時00分、対局が始まる。大広間は広く、高雄の間にぽつんと正座の棋士が三人。 アナウンスは止んで、鳥のさえずりがチラホラ聞こえる。静謐な朝である。

▲26歩△34歩▲76歩と進んで、ここで門倉さんは△32飛という指し方を得意にしているから、思わず念じてしまった。「飛車振って!」

門倉さんはそっと△44歩。「ノーマル三間か… 最高ですね…」
しかし以下後手は△32銀〜△94歩〜△43銀〜△95歩という布陣。「振るのか振らないのか… 焦らしてくるな…」
そして門倉さんが飛車を持つ。10時40分になっていた。
△22飛!! ちょっと行き過ぎ! だがそれでいい!!
戦型は後手向かい飛車に落ち着いた。

門倉さんには三段の頃研究会でお世話になった。この方、物凄い序盤オタクで、振り飛車の多彩な形を知り尽くしていて、色々教えて頂いた。
飯島先生は江東区の大先輩。飯島先生の序盤巧者ぶりは改めて言うまでもないだろう。

よってこの2人の戦い、序盤から激しく主張がぶつかるのは必然である。

門倉さんの△54銀が早くも波紋を呼んだ。飯島先生は▲78銀。穴熊にすると向かい飛車版トマホークが飛んでくる所である。
本譜もトマホークの親戚みたいな戦法で、とにかく玉頭から攻めていく。△22飛の効果で居飛車は5筋の歩を突きづらい。飯島先生、たまらず▲79玉。さすが門倉さん、今度真似しようかな〜と思いながら見ていた。

攻め込まれた飯島先生、バシッと▲66歩!
この手が素晴らしい手だった。難しい手で、私も今でもしっかりは分かっていないのだが、とにかく素晴らしい手だった。

厳密には後手は少し無理をしていたらしい。まぁ結果論だろう。

そこから、門倉さんの方にハッとする手が多かった。△62金や△98歩。
しかし強い居飛車党は読みの入った堅実な手を積み重ねて振り飛車党の技をかいくぐってくる。まったくやんなっちゃうよ。

飯島先生が緩みなく指して、17時17分に門倉さんが投了。私はすぐに棋譜を印刷しに行った。

あの狭い部屋も久しぶりで、なんだか懐かしかった。順位戦の記録係でヘロヘロになりながら扉によりかかってたっけ。


対局者の2人は心ばかりの感想を交わして手短に感想戦を終える。このご時世、仕方ない。
帰り道、門倉さんと少しお話した。「真似したくなりましたよ。」「そうでしょ、やりたそうだと思った。」

「飯島先生って、しょうがないってボヤきながら良い手指してきますよね。
「しょうがないって言ってるうちは余裕あるんだよ。」 なるほど…

一人になり、もうすっかり空いている電車に乗る。「どこも触らないのが大事だよ。」門倉さんの言葉を思い出す。

生身の将棋界の方と話したのが本当に久しぶりだった。決して記録係をやりたい訳ではないのだが、これはこれで充実していた気がする。

家に着き、入念に手を洗った。自分と、今日会った人達の健康を祈りながら、この文章を書いている。

山本博志


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