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【第73回】政教分離 #山花郁夫のいまさら聞けない憲法の話


1. どのような行為が禁じられるのか

憲法20条1項後段は、宗教団体に対する「特権」の付与、「政治的権力」行使を禁止しています。

時として、「宗教法人が非課税である」ということを問題視する人がいますが、これは、「宗教法人だから」ということで非課税になっているのではなく、宗教法人が「公益法人等」に位置づけられ、法人税が原則として非課税とされているということです。

また、政治的権力の行使の禁止については、宗教団体が政治的活動を行うことが禁止されるのではなく、ドイツのように、課税権であるとか裁判権などのような、国が持つような統治権をさすものと解釈されています。

この2つは比較的内容がはっきりしているのですが、20条3項が「国及びその機関」に対して、「宗教教育その他いかなる宗教的活動」もしてはならないとすることについては、難しい問題が生じます。あまりにも厳格に、杓子定規に解釈して当てはめると、不自然な結論を招きます。公立学校でクリスマスツリーを飾ることや、広島や長崎の原爆祈念式典なども認められなくなりかねません。

2. 目的効果基準

最高裁判所は、津市地鎮祭訴訟(最大判昭52.7.13)において、「政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものであるが、国家か宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである」として、いわゆる、「目的・効果基準」を採用しました。

具体的には、「当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」であるかどうかによって判断する、というものです。

この、目的・効果基準というのは、アメリカ連邦裁判所のレモン・テストと呼ばれる違憲審査基準を参考にしたものといわれています。しかし、いわば本家であるレモン・テストは、①国家の行為が世俗的なものであること、②その主要な効果が宗教を助長したり、逆に抑圧したりするものではないこと、③行政的あるいは政治的に、宗教との過度のかかわり合いを促進するものでないことという3つの要件をすべてクリアしなければならないものであるのに対して、日本の最高裁は、目的・効果を相関的に判断する―双方の要件を満たしてはじめて違憲だとする―点で異なります。★

★ 最高裁は津市地鎮祭訴訟で、「ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するにあたっては、当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか、その順序作法(式次第)が宗教の定める方式に則ったものであるかどうかなど、当該行為の外形的側面にのみとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない」としています。

その意味で、アメリカのレモン・テストのほうが厳格な審査といえますが、アメリカではレモン・テストですら要件が不明確であるとして、これを補完するものとしてエンドースメント・テストという考え方があります。これは、1984年のアメリカ連邦最高裁判例、Lynch v. Donnelly事件判決(465 U.S. 668)に付されたオコナ―裁判官補足意見で示された考え方です。

政府が、宗教との象徴的結合を通じて特定宗教に対して後押しする、お墨付き(エンドースメント)を与えてしまうことを、政教分離違反の判定基準として重視するというもので、これを採用したようにもみえる最高裁判例が愛媛玉串料訴訟です。

3. 愛媛玉串訴訟

愛媛県が、1981(昭和56)年から1986(同61)年にかけて、靖国神社が挙行した春秋の「例大祭」に際し玉串料として9回にわたり各5000円(合計4万5千円)を、そして夏の「みたま祭」に際し献灯料として各7000円または8000円(合計3万1000円)を、また、愛媛県護国神社が挙行した春秋の「慰霊大祭」に際し、県遺族会を通じて供物料として9回にわたり各1万円(合計9万円)を、それぞれ県の公金から支出したことが問題となった裁判があります。

最高裁は、目的・効果基準によって検討したうえで、「一般人に対して、県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない」としています(最大判平9.4.2)。まさにエンドースメント・テストを想起させるような言い回しです。

4. 靖国神社の参拝について

内閣総理大臣をはじめとする閣僚が靖国神社に参拝することの当否については議論があります。総理大臣といえども、一国民としての信教の自由はありますから、「私人」としての立場で参拝することは認められると思いますが、公の立場で参拝することは、エンドースメント・テストをクリアすることは難しいと考えられます。

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