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【第74回】エホバの証人剣道拒否事件(最判平8.3.8) #山花郁夫のいまさら聞けない憲法の話


1. 政教分離と信教の自由

政教分離原則は、個人の信教の自由を徹底しようとするための制度だと説明してきました。しかし一見すると、両者が対立するようにも思われるような事件がありました。エホバの証人剣道拒否事件です。

2. 下級審では判断が分かれた

神戸市立工業高等専門学校のある学生は、エホバの証人の信者で、聖書に従うならば格技である剣道実技に参加できないという信念を持ち、必修科目である保健体育の剣道の授業ではレポート提出等の代替措置を認めてほしい旨申し入れたのですが、校長は代替措置をとりませんでした。

この学生は剣道実技には参加しなかったため、欠席扱いとされ、体育の成績が認定されなかったことから原級留置処分とされ、翌年も同様であったため、退学処分とされました。

第1審(神戸地判平成5.2.22)は、代替措置を認めることは、「政教分離原則と緊張関係にある」として学生の訴えを斥けました。公立学校が、エホバの証人の信者である学生についてだけ、剣道実技を免除するという特別扱いをすることは、政教分離に反すると考えたのでしょう。

第2審(大阪高判平成6.12.22)は、「信教の自由を制約することによって得られる公共的利益とそれによって失われる信仰者の利益について」「比較考量」し、神戸高専が代替措置を全くとらずに退学処分にしたことは「裁量権を著しく逸脱」するとして、第1審判決を取り消し、退学処分等も取り消しました。

3. 最高裁の判断

最高裁判所は、「信仰上の真しな理由から剣道実技に参加することができない学生に対し」、代替措置を講じること、「例えば、他の体育実技の履修、レポートの提出等を求めた上で、その成果に応じた評価をすることが、その目的において宗教的教義を有し、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるともいえない」としました。

原級留置や、退学処分というのは、ある程度学校の裁量に委ねられているものとはいえ、本件の各処分は、代替措置を検討することなく、退学処分を行っていて、「社会通念上著しく妥当を欠く処分をしたもの」で、裁量権の範囲を超える違法なものと判断しました。

学生に対する処分については、相当程度学校の裁量が認められますが、原級留置や退学といった処分は、その学生の将来にかかわるもので、裁量の幅も狭くなるはずです。最高裁は、この裁量の範囲を超えたという意味で、「違法」としたもので、「違憲」とまでは言っていません。ただし、その理由として用いられている論理は、目的・効果基準にほかなりません。

政教分離制度の趣旨が、個人の信教の自由を徹底しようとするためのものであるとすると、それを理由に個人の信仰を圧迫するようなことがあっては本末転倒のように思われます。この事件は、ほかにもいくつかの論点があることから、少しわかりにくいところがあるかもしれませんが、結論としては最高裁の判断は適切なものだったと考えられます。

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