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【第78回】職業選択の自由 #山花郁夫のいまさら聞けない憲法の話


1. 政策的制約

職業選択の自由には、分析すると、職業を「選択」する自由(職業の開始・継続・廃止の自由)と、職業を「遂行」する自由(選択した職業活動の内容・態様における自由)を含むとされています。なぜこんな分析をするのかというと、「選択」する自由に対する規制は、そもそもその職業に就くことができるかという事前規制であるのに対して、「遂行」する自由に対する規制は選択することができた職業に対してそれを遂行することについてのいわば事後規制ということになります。したがって、「選択」する自由に対する規制のほうが、「遂行」する自由に対する規制よりも強度の規制だ、といえるからです。

表現の自由と違って、事前規制が原則として許されない、とはいえないにしても、合憲性の審査には「選択」する自由のほうが慎重であるべき、と考えられます。

2. 小売市場事件判決(最大判昭47.11.22)

職業選択の自由については、精神的自由と異なり、内在的制約だけでなく、政策的制約を受ける場合があります。

小売商業調整特別措置法3条1項によると、小売市場の開設経営を都道府県知事の許可を必要としていました。

大阪府は小売市場が過当競争により共倒れすることを防ぐため、許可基準の内規を作成しました。その内容は、新設しようとする小売市場から最も近い小売市場へ至るために通常利用される道路の距離のうち最も近いものが700m未満である場合は許可されない、とする距離制限を設けたのです。

大阪府知事の許可を受けないで、指定区域内において鉄骨モルタル塗り平家建1棟(店舗数49)を建設し、小売商人47名に店舗を貸し付けたために、起訴された被告人が、許可規制および距離制限が憲法22条1項に違反することなどを主張して最高裁まで争ったのが小売市場事件と呼ばれるものです。

最高裁は全員一致で上告を棄却しました。

その判決のなかで、「すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは明らかである。このような点を綜合的に考察すると、憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なって、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当」であるとしました。

そして、「規制措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立法府の裁量判断」であり、「裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限って、これを違憲として、その効力を否定することができると解するのが相当である」としたうえで、本件はこれにあたらないとしたものです。

積極的な社会経済政策のために行われる立法は、国際的な産業政策にかかわる場合もありえることから積極的な介入は控えるべきとも考えられます。この判例の示した基準は一般に、「明白性の原則」といわれています。

3. 薬事法違憲判決(最大判昭50.4.30)

職業選択の自由の制限には、社会経済的な観点からの制約だけではなく、他者を害することを理由とする内在的制約を受けることはほかの人権と異なりません。この場合には、比例原則が妥当し、必要最小限度の制約であるべきということになります。

広島県内外でスーパーマーケットなどを経営していた会社が、商店街で経営する店舗で医薬品の販売業の許可を、県に申請したのですが、その後、薬事法改正により、薬局等の設置場所が配置上適正であることも許可条件に加わりました。

適正配置の具体的基準については、各都道府県条例に委任され、県条例3条が配置基準として既存の薬局との間に最短距離で概ね100mと定めたことから、申請は不許可となりました。そこで、薬事法および県条例が憲法22条に反するとして最高裁まで争ったという事件です。

最高裁は、「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに規制を課するもので、職業の自由に対する強力な制限である」としたうえで、「社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな規制である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する」としました。

そのうえで、薬事法の規制については、「主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置」だとしました。

被告は、薬局が偏在すると競争が激化して経営が不安定化し、不良薬品の供給の危険につながると主張したのですが、最高裁はこのような因果関係については、「単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい」として、違憲であるとしました。不良薬品の供給を防止するのであれば、距離制限によるのではなく、行政上の監督体制の強化などによって目的は達成できるからです。

4. 最高裁の論理

この2つの判決から、学説では、目的二分論という説明がされてきました。積極目的規制の場合には、「明白性の原則」、消極目的規制の場合には、「厳格な合理性の基準」で判断するのが最高裁の考え方だ、という説明です。しかし、この理屈では説明がつかない判決が後に出されるようになります。

職業選択の自由に対する規制のあり方はさまざまで、必ずしも目的をどちらかに振り分けることができないような場合や、両方の目的が混在している場合もあり得ます。目的で二分する、というのではなく、公共の福祉のところで検討した人権制限の考え方からすると、あくまでも内在的制約については比例原則で考えることとし、経済的自由について積極目的規制であることが明らかな場合には、「明白性の原則」が妥当する、というのが最高裁の考え方と思われます。

そのすると、薬事法判決は、内在的制約に関する比例原則の一つの類型と考えることが判例の理解としては適切ではないかと考えられます。

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