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9. 世界と日本と地域が抱える現実と未来

今回は、世界と日本と地域が抱える現実と未来を考えてみます。最初は世界について考えてみましょう。ジオパークでは、約46億年の地球の歴史が語られます。しかし、地球とともに生きている私たちにとっては、過去のことも大切ですが、現在や近未来のことがより重要です。著名な地質学者である平 朝彦氏によって著された「人新世」(副題:科学技術史で読み解く人間の地質時代:東海大学出版部)には、現在の地球と人類そして、その結果として表れる近未来の予測が描かれています。人新世(Anthropocene)とは、ドイツ人科学者のパウル・クルッツエルンとアメリカ人生態学者ユージン・ストーマーが2000年に出版した論文で提唱した時代区分で、人間の活動が地球の地質学的活動に直接関わっている時代とされています。その始まりは、当初18世紀後半の産業革命とされていましたが、最近は20世紀中頃というのが現在の定説です。1945年の核実験によって生成された放射性炭素14や1952年の水爆実験によって生成されたプルトニウム239が地層中に記録されたことなどが人新世の始まりを決定づける要素になるようです。

人新世は、大加速時代(Great Acceration)と呼ばれており、人間活動の指標である人口は、第2世界大戦直後の25億人程度であったが、2023年には80億人を超えており、2050年頃には100億人近くまで膨れ上がる。人間の経済活動によって、エネルギー消費、二酸化炭素やメタンガスの排出量、マイクロプラスチックの放出、過剰な森林伐採に伴う熱帯雨林の消失、窒素やリンを含むなど肥料の大量消費、水の大量消費などが、70年ほどの間に発生しており、人間の経済活動により発生これらの環境破壊が後戻りできないほどの多大な影響を地球全体のシステムに影響を与えている時代となっています。これらの影響によって、多くの種が絶滅し、生物の多様性は失われています。そして、人間も絶滅を免れない第6の絶滅期が近づいているとも言われています。そんな時代に、私たちはどのように生きていけば良いのでしょうか?ジオパークは、そんな時代への生き方にどのような啓示を与えてくれるのでしょうか?

現在の地球は間氷期にあり、いずれ氷期になる可能性もあります。しかし、これまでの自然変動では、今後約1万年は間氷期のままらしい。二酸化炭濃度等の上昇により地球温暖化がさらに進むと、2100年代には、平均気温が現在より3-5°高くなり、約300万年前の地球と類似した環境となると予測されています(平, 2022「人新世」)。地球内部のマントルプルームの活動により大規模な火山活動が発生し、急激な温暖化が進行した白亜紀には、海水内部が栄養不足になり、海底ではシアノバクテリアが多数活動し、その遺骸が現在私たちの使っている石油の元となっています。これらの現象に限らず、ジオパークに保存されている地質遺産には、過去の地球環境の情報が記録されていて、それは現在の生活に繋がっていたり、将来の環境予測に役立ったりします。地質遺産を活用する方策を学ぶことで、ジオパークの子ども達が、将来に暗雲が漂っている人新世を生き抜く智恵を得ることを私は望んでいます。ジオパークにおいて地球の過去と未来を学ぶ若者は、より良い地球環境を保つ日常の有り様を正しく選択してくれるに違いありません。ジオパークには、そのような役割が合って欲しいと願うのです。

次に日本の現実を考えてみましょう。日本は、世界とは異なるトレンドに向かっています。日本の人口は、第二次世界大戦終了時に約7000万人でしたが、高度成長期を経て、2004年には1億2745万人とビークを迎え、現在は徐々に減少しており、2050年には約9500人になると予測されています。問題なのは、人口そのものよりも、高齢化率で、2004年に19.6%だった高齢化率は、2023年に29.1%, 2050年には約40%となると予測されています。つまりどんどん高齢者が増えているのです。寿命が延びているので、人口減少はそれほど顕著ではありませんが、労働人口あるいは生産年齢人口(15以上65歳未満)は確実に減少しています。日本は、少子高齢化社会の中でも世界最先端を走っています。先進国は一般的に少子化が進んでいますが、他の先進国は移民をある程度受け入れているのに対して、日本は移民を大幅に制限しています。これは国民性でもあるので、仕方が無いのですが、この状態は当面続くことになります。また、扶養家族手当における年収上限の設定や、保育園や託児所不足などで、女性の社会進出も妨げています。日本の労働人口は、今後も減り続け、40年間で現在の6割程度になると予測されています。そのため国民総生産(GDP)の延びも世界最低水準となることが予測されています。この状況を救うのは、イノベーションなどの技術革新ですが、学生の海外留学の減少、研究予算の極端な減少、引用数の多い論文の減少など、日本の科学技術のポテンシャルは大きく落ち込んでおり、イノベーションもアメリカや中国頼みになっているのが現状です。つまり、日本中がどんどん貧乏になっていくのです。その中で、地方の自治体が抱える問題は、更に深刻なのだと思います。過疎化、少子高齢化、完全失業率の増加などの根本的な問題を抱えています。人口減少と少子高齢化は地域経済の衰退を招き、労働力不足や後継者不足により地元企業が十分な採用ができないと、都市部への人口流出が加速します。高齢者が多いのに介護人材が不足するという問題も発生し、生活・行政サービスの維持が一層困難になっています。

ジオパークはそのような状況の中で、多くを期待されているのだと思います。特に期待されているのが、ジオツーリズムなどによる地域振興です。上記のような事情から、ジオパークは、地域の問題を解決する手段として、活用されています。しかし、地域の問題が解決すれば、私たちは幸せになれるか?というと決してそうではありません。地球環境が悪化し地球温暖化が進めば、野菜や魚介類の収穫や価格に大きく影響します。台風や大雨による土砂災害が頻発するようになれば、生活の基盤も脅かされます。日本経済が悪化すれば、収入は激減し、社会保障も低下していきます。ジオパークは、トータルに私たちの生活を、そして未来をより良いものにする活動でなくてはなりません。そのためには、広い心と広い視野を持ち、多くの人々と協力するネットワークを構築し、保全と教育と地域活性化に取り組む必要があります。岩石販売の問題は、そのような大きな枠組みの中で考える問題であって、その問題を単独で議論することには、意味がありません。
 地域の地質遺産は、地球全体を知る鍵であり、過去と未来をつなぐ鍵でもあります。空間としては、地域、国家、世界という枠組みがあり、時間としては、過去、現在、未来という流れがあります。その起点として、地質遺産があり、ジオパークがあるのです。そのことを理解した上で、岩石販売の問題を、地域で、日本(JGN)で、世界(UGGp)で一緒に取り組み、考えて行く必要あるのだと思っています。ジオパークは、SDGsや気候変動対策と同様に、現在ではなく未来へ向けた活動です。ジオパークは、今の自分のための活動であるとともに、未来を生きる子ども達、子孫のための活動だと考えています。地質遺産を守り、地質物品(岩石など)の販売を極力控えて、地球の記憶を未来へ手渡すことがジオパークの最も重要な役割です。

地球の未来と、地域の未来はともに、ジオパーク活動にかかっています。