レオン     2021/1/22

ショーはもう始まっている
歓声がここまで聞こえてくる

今は空中ブランコか
とするとぼくの出番は次だ

ジャラジャラ ジャラジャラ

案の定、鍵の音が近づいてきた

「ヘイ、レオン、気分はどうだい?」

ジョニーだ
去年からライオンショーを担当している

「今日もいい子で頼むぜ
 あばれたりしたら承知しねえからな
 いいか、覚えとけ
 おれはなあ、ライオンは好きじゃねえんだ
 かわいい子猫ちゃんは大好きだがな
 ゆうべのティナは最高だった」

ジョニーはいつもこんな調子だ
おれさま気どりで、自分中心で

その点、ロブおじさんは良かった
いつも底なしに優しくて
夜ぼくがさびしくなると
一緒に添い寝してくれた

でもロブおじさんは
去年、突然、小屋から消えた

理由はよくわからない
うわさでは何か悪いことをしたらしい
団のお金を使いこんだなんて
ピエロのボビーが言っていたがほんとだろうか

「カモーン」

鍵が開き、オリを出た
ジョニーの息がぷうんと匂う
本番前に飲むなんて
やっぱりジョニーはいけ好かない

あやしげなロックが流れる
もちろんジョニーの趣味だ
イッツショータイム
ライオンショーの始まりだ

まずはたてがみを振り
ガオーとほえてごあいさつ

次は球乗り
見せ場は球から球へのジャンプ
これはめちゃくちゃむずかしい
ロブおじさんのアイデアで
毎日ふたりで猛練習した

初めて成功したときは
ふたりとも大興奮で
スキップしながら
でたらめな歌を歌って喜んだっけ

火のリングをくぐるときは
最初はこわがるふりをする
これもロブおじさんの発案で
お客をじらす演出だ

今日もぼくは後ずさりし
ぐるりと客席を見渡した

後ろのほうに
初老の紳士が座っていた

帽子をかぶり
ひげをたくわえ
顔はほとんどわからない

でもすぐにわかった

ロブおじさんだ

思わず走りだした
舞台まわりの金網をつかんで揺すると
まさかだったが、簡単にこわれてしまった

客席へ

お客さんがざあっと分かれる
モーセが海を分けたみたいだ

その中をまっすぐ進む

うれしい
最高だ

その瞬間

パーン

振り返ると
舞台の上に
ジョニーが立っていた

燃えさかるリングを背に
おにの形相で
ピストルをかまえて

「言ったよな?
 あばれたら承知しねえって

 こんなこともあろうかと
 いつもコイツを隠し持ってたんだ
 まさか役に立つ日がくるとはな

 今のはわざと外してやった
 お情けだ

 が、次一歩でも進んでみろ
 今度こそ撃つぞ

 さあ、戻ってこい」

どうしよう
進んだら死ぬ

でも戻ったら
二度とロブおじさんには会えないだろう

絶体絶命

そのとき

「ジョニー、銃をおろせ」

威厳のある声がした
ロブおじさんだ
ぼくの前に立ちはだかった

ジョニーは叱られた子どもみたいに銃をおろした

ロブおじさんは
しゃがんでぼくを抱きしめた

「おじさん、ありがとう、会いたかった」
「わしもだよ、レオン」
「おじさん、どうしていなくなったの?」
「ああ、悪かったな
 あいつのせいさ
 ジョニーにはめられたんだ
 あいつは古株のわしが気にいらんかったんだろう
 ある日あいつはわしに…」

「おい、何そこで抱きあってんだ
 レオン、戻れ
 ほんとに撃つぞ」

ジョニーがまた銃をかまえた

「レオン、くわしいことは後で話す
 今は逃げよう」

「逃げる?
 そんなことできるの?」

「逃げるしかないだろう
 まさかおまえ、ジョニーのところに戻る気か?
 だいじょうぶだ、心配するな
 ふたりでのんびり田舎で暮らそう

 いいか
 そこの通路を曲がるんだ
 そしたら弾は届かない

 駐車場のかどに車がある
 前と同じ黄色のバンだ
 そこまで走るぞ」

「おじさん、走れるの?」

「ばか言え、昔は弾丸のロブって言われた」

「聞いたことない」

「レオンに負けたことなかったろ?」

「えっ、あったよ」

「あったかな
 まあ、いいや
 じゃあ今こそ決めよう、真の勇者を
 よし、競走だ
 レディ、ゴー」

パーン

おりしもジョニーのピストルが
号砲みたいに鳴った

いや、祝砲だ
楽しい
またでたらめな歌を歌いたい気分だ

ぼくたちは 全力で 走った…

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