吉野家人
駅ナカの吉野家。
U字のカウンター席のみの狭い店内。
ピーク時間帯は過ぎたものの、14時台、遅めの昼食を摂る断続的な客の回転が続く。
大学生とおぼしきフロアの男性店員とキッチンの中年女性店員で回している。既に食事中の客が5、6人。時折テイクアウトの客とUber Eatsの配達員が、入れ替わり立ち替わり会計と受け取りにやってくる。
狭いU字カウンターの中を、細身の、それでいてガッチリした男性店員が、こぼしたり落としたりぶつけたりすることなく、器用な身のこなしで奔走する。
食べ終わった中年男性が手を挙げると同時に別の男性客が入ってきて空いた席に着く。店員は迷うことなく、「ありがとうございます」と会計待ちの中年男性に声を掛けながら席に着いた客にサッとお冷やを提供。ノールックで右腰のポーチからオーダー取るリモコンみたいなやつを出してオーダー入力しながら、注文を聞いた客には商品名の復唱と「はい」のみ。すぐにキッチンの女性店員へ声掛け。会計待ちの中年男性の会計を済ませるや否や、左腰のポーチから出した布巾でサッとカウンターをひと拭きしながら右手でトレイを持ち上げ左腰へ布巾を戻す。「またお越しくださいませ」。
テイクアウト用レジ前に、財布片手の中年女性とQR画面を出して待機するワイヤレスイヤホン着けた男性が並ぶ。キッチンの女性店員からテイクアウト品の完成の声が掛かる。男性店員、復唱して「はい」。ワイヤレスイヤホンの客の会計と商品受け渡し中に、ウーバー配達員が商品ケースとスマホ片手に入店。
財布女性の会計の前にウーバーの商品だけ先に渡す。その間、店内食事が済んだ別のおっさんが手を挙げる。ウーバーが1人帰ると同時に別のウーバーが入店。財布女性の注文は口頭で聞く。壁に掲示のポップを指差して「これ」。男性店員はカウンターから降りてきてポップを見ながら復唱して抜かりなく確認、キッチンへオーダー通す。キッチンから「はいー」と返事。店内食事を終えて会計待ちのおっさんに「お待ちください」の一声と同時に、財布女性の現金会計を済ませる。先に入店していた男性客の商品が上がったとのキッチンからの声を聞き、先に商品を待ち客に提供、「ごゆっくりどうぞ」、そしてやっと会計待ちのおっさんの元へ。現金会計を済ませ「またお越しくださいませ」と言いながら、小銭をレジに流し込んだ右手でサッとトレイを上げつつ、左手でカウンターを拭いてキッチンへ下膳。2人目のウーバー配達員へ商品を渡し終え、流れが一旦切れる。
「あっ」とか「えー」とか「少々」とか「大変お待たせしました」とか、余分な言葉はない。余分な言葉を付けるとその分動作が間延びする。動きに連動した最小限の言葉を添えることでスピードを維持している。
そんな吉野家の人、「吉野家人」を見ながら、次は自分の番だと気合いを入れてスマホ片手に会計に向かう。
楽天ペイで払いたいんだけど、レジに付いてから画面を開く。先に画面を開いておけば良かったと後悔しながらも、こちらの事情など男性店員が待ってくれることはない。「2,350円です」と告げられてから僕のスマホ画面のグルグルが始まる。容量が重たくなっている上に、パターン入力でのロック解除にミスる。「2,350円です」から体感15秒以上。この男性店員の15秒を奪うことは、のうのうと生きている自分みたいなヤツが一番やってはいけない。落ち着いているとも苛ついているとも取れるような無言で、ただ待つ男性店員。
彼の給与を超えたスキルの何%分かを泥棒する時間にいたたまれなくなり、ペイを諦めクレカを出そうとする。「クレジットは使えないんです」。あーまたこのやり取りの時間がロス。
そうこうするうち、画面を見るとグルグルが解けてペイのコードが表示されている。あぁやっと。
「ポイントはよろしいですか?」
「え?あぁいいですいいです」
無事ペイが済み退店。
よくよく考えれば、楽天ペイで楽天ポイントは付けなくていいですか?の確認をしてくれたようだった。慣れない都会の吉野家での会計に浮き足立ち、何のポイントか理解しないまま、恥ずかしさと焦りから、とにかく一刻も早くこの場から去りたくポイントを断った。
大学生とおぼしきスーパーミラクル店員にとっては、僕がどんくさかろうがそんなことはどうでもよく、ただ業務を抜かりなくこなしただけだった。
ニコリともしない傍ら全く動揺することなく仕事をするそのスキルは、あの駅ナカの店舗に100%カスタマイズされた吉野家人だからこそ。