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小説

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2018年10月の記事一覧

おたよりついた

 今日の晩めし、かっちゃんと食べるから、よろしく。  あ、たぶん飲みもね。  ダンナのありがたい通告に、わたしは「はーい」と返事をする。さっそくみきこさんへメールする。  晩ごはん、どこかへ食べに行かない?  トイレへ行き、コーヒーを飲み、掃除機をかけて、もう一杯コーヒーを飲んだ。  卓球のレシーブのごとくのみきこさんの返信が……こない。スマホはマナーモードにはなっていないし、メールの受信音量もマックス手前の大きさだ。  みきこさん、なにがあった? というか、こういう日も

砂漠を走れ

 デパートの紙袋から、なおみさんはまず白ワインのハーフボトルを出した。それから、あれやこれやとお惣菜が並ぶ。 「手間をかけずに、このまま食べよう」  お惣菜のパックの蓋を開けていく。  レタスと水菜のビーンズサラダ、スモークサーモンを乗っけたポテトサラダ、里芋とイカの煮物、大根の煮物、ローストビーフは二枚、イワシの南蛮漬けのイワシも二尾、漬物。塩むすびがふたつ。割り箸。合宿みたいだ。 「なんだか緑が足りないわね」  なおみさんはもうひとつ包み紙を開いて、ふっくら厚みのあるグラ

目覚まし時刻三秒前

 音もなく現れた戦車が、コロッセオの観客席を破壊しながらアリーナへ降りてくる。  戦車は観客席と同じ傾斜で下を向き、主砲をアリーナとの水平にもたげた。  砲口の丸い闇がわたしをとらえて、グラデーションの渦をつくりながら広がっていく。  崩壊しているアリーナの床は崩れ続け、地下の檻は朽ちて、飢えた雌ライオンがうろついている。  一頭のライオンがわたしを見て、鼻筋に皺を深く寄せて唸った。それを合図に雌ライオンたちがいっせいにわたしに向かってくる。  これは夢だ。だってこんなに寒い

桜の枯葉が風にのる

秋が終わっていく。 落葉樹の葉っぱは風がなくてもはらりと落ちる。やさしい風が吹けばはらはら散る。遠慮のない風なら、さあ果てるぞとばかりに葉っぱは遠慮なく風にのる。  畳一畳ほどのベランダは落ち葉が重なりあって、二〇リットルの燃えるゴミ用ゴミ袋はたちまちいっぱいになった。 小寒い昼さがり、半袖のTシャツで汗をかきながら、六つ目のゴミ袋の口を縛った。毎年秋に一度、ベランダの落ち葉掃除は暗黙の約束。 「お世話をかけて申しわけありません」  きくえさんはベッドに腰かけたまま、他