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ズレている身体

子供の頃のズレエピソードは掘り返せば貝塚の貝のごとく出土するが、あまりそこばかり掘っているとなんだか世をはかなんでしまいそうなので、もうちょっと即物的な面からも書いてみたい。

実は私の体もいろいろズレまくっているのである。

いやズレているといってもそれほど深刻ではなく、他の人に比べるとなんだか妙、という中途半端な感じが、逆にズレ味をいや増しているようにも思われる。



例えば、足跡。

夏場のプールを思い出してみてほしい。プールサイドへざばりと上がって、炎天下の焼けたコンクリートの上をぺたしぺたしと歩いて行く。初めは体から雫が滝のように垂れていくが、歩むにつれて自分の後ろには濡れた足跡だけがくっきりと残っていく。足跡は焼け付く太陽にさらされ、吸い込まれるように消えてゆく。

そうやって人は自分の足形をなんとなく把握するものだが、私の足形が他人と異なっているのを発見したのは中学生くらいのときだったと思う。やはりプールの時間だった。友達がプールサイドにつけた足跡を見る。5つの足指の下に、ひょうたん型の池のような、真ん中が片方だけ凹んだ形がくっきりと出ている。

他の友だちの足跡もみてみる。凹みが深く、2つの池が辛うじてつながっているような形のもの。足が大きい子は凹みかたもそれほど深くない。足跡全体がシュッと流線型に締り、跳ねた魚のようにぴちぴちしているのは女子のものであろうか。

私は振り返って自分の足跡を見る。

そこにあるのは、幼少のころ小学館の「ウルトラ怪獣入門」で見たような、大きくベッタリした、凹みのない足跡であった。

自分の足跡にはなぜあの凹みがないのだろう。

私は念のため、足をそうっと踏み出して、焼けたコンクリートに新しい足跡をつくってみる。

凹みのない、コンニャクをべったり落としたような足跡が残る。

なぜ自分の足跡には皆のような凹みがないのか。念のため今度はなるべく足に体重をかけないようにして、軽くコンクリートの上に押しつけてみる。

さっきよりもちょっと色の薄い、小さめのコンニャクがべったりと落ちている。

私はそこにまたひとつズレがあったことに気がついて、じっと友達の足跡を見つめる。友達の足跡は、どれも深い窪みをもち、プールサイドを魚のように軽快に跳ねてゆく。


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扁平足という言葉は知識としては知っていたが、自分がその典型だと気がついたのはそれよりもずっとあとだった。大人になって、ある雑誌に乗っていた著名人の足型を見た時。そこにはプールサイドで見慣れた自分そっくりの足跡があり、キャプションに「典型的な扁平足」とあった。

そうか、そうであったか。自分は扁平足だったか。

そういえば扁平足は運動が苦手、という俗説もある。子供のころ運動音痴だったのはこの足のせいもあったか、と妙に納得した。

それにしても、あれだけ完璧な凹みのない足跡をみて、何故「自分は扁平足である」と意識しなかったのかが不思議だが、「これがそうだよ」と誰かが指摘してくれなければ、案外それとは気が付かないものかも知れない。人間の認知とはいい加減なものである。



足の裏というのはあまり人前に晒すものではないが、もっと目につくズレが私の体にはある。

顔の輪郭である。

自分の右の顎が、左に比べて若干膨らんでいるのである。これは骨格ではなく、どうも右の顎の筋肉が異様に発達しているためのようだ。原因には心当たりがあって、右の奥歯でものを噛む癖があり、このため酷使された右顎の筋肉だけがビルドアップされてアンバランスになってしまったと思われる。

…と思っていたのだが、私の赤子時代の写真をみたら、やっぱり微妙に右顎が出ているのであった。なんだこれ。生まれつきこうだったのか。

まあ別段生活に困るわけではないが、近年になって気になることが多くなってきた。私もスマホで自撮りなどすることがあるが、どうも自撮り写真だと右顎の盛り上がりが異常に目立つのである。

鏡で見る自分の顔は、まあ多少右頬がふくらんで見えるかな、くらいでさほど違和感を感じない。

しかし自撮り(にかぎらず写真うつり全般がそうなのだが)だと、角度にかかわらず右顎の盛り上がりが明らかにアンバランスに感じられる。

なるほど。これは以前私が少し太っていたころ、ダイエットをするきっかけとして気づいたことなのだが、人は自分の鏡に写った姿を、自分に都合よく補正して見る傾向があるようなのだ。

今より5kgほど太っていた当時、毎朝姿見に映る自分の姿を見ては「まあこんなもんだろ」と納得していたのだが、あるとき妻に撮ってもらった写真をみて愕然とした。なんだこのデブは!

鏡に写るいつもの自分と、写真の中の自分のイメージのズレに愕然としたのがこの時である。以来、私は鏡に写った己の姿を信頼しなくなった。客観的に自分を見たい時は、カメラを他人の目に見立てて撮るのが一番であると知った。そしてその画像を心のバネにし、励んでダイエットに成功したのだが、それはまた別の話である。

でもちょっと顔の左右のバランスが悪いというのは自分でも居心地が悪く、写真を取られるときなどはつい斜めにポーズして正面からのアングルを避けるようになり、最近は右顎の筋肉を衰退させるべく左顎の酷使を考えている始末であった。



もうひとつ、にわかには信じてもらえなさそうなズレがある。

腹筋。

人の腹筋というものは、シックスパックという言葉もある通り、腹部に二列三段のかたちで四角い肉の固まりが整列しているものだが、私のはその列がズレているのである。

右の列に対して、左の列がちょうど半個分下にズレているのだ。

いや嘘でしょ、という方もおられるかもしれない。しかしこれは厳然たる事実である。中学生当時、バレー部の練習で鍛えられた私の体は、贅肉もなく、キリッと引き締まっていたのだが、腹に現れていたのはだらしなく左右がズレた腹筋なのであった。

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SixPackなんていう、腹筋に貼り付け電流を流して鍛える器具があるが、私にはあれが使えない。だってズレてるから。

本当である。信じてほしい。お目にかけたいところだが、ここ20年、私の腹筋はズレを恥じて脂肪の影に隠れているばかりである。お目にかけられないのが誠に遺憾である。

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