「破壊された男」について

 読んだことがない人に,「読みたい!」と思わせるブックレビューを書きたい計画の第2弾。先日読み終わってブクログと読書メーターを書き終えたばかりの「破壊された男」について書きたいと思います。

 「破壊された男」は,第1回ヒューゴー賞に輝いた名作。アルフレッド・エスターというアメリカ合衆国の作家が1953年に発表したSF小説である。

 まずは,ちょっとしたうんちくから。ヒューゴー賞というのは,前年に発表されたSFやファンタジーの作品に贈られる賞。1953年に世界SF大会において創設された。SF・ファンタジー作品に与えられる賞としては,もう一つ,ネビュラ賞があり,知名度を2分する,つまり,有名な賞である。その有名なヒューゴー賞の栄えある第1回の受賞作品。今さら,私が紹介しなくても,これだけでも読んでみたくなる作品なのではないでしょうか。

 さて,その「破壊された男」はどのようなお話なのか。裏表紙に書かれているあらすじには,「時は24世紀。テレパシー能力を持つエスパーの活躍により,いかなる犯罪計画も不可能となり,沙通人は全て未然に防止されていた。だが,顔のない男の悪夢に悩まされるモナーク産業の社長,ベン・ライクは,エスパーを買収し,その協力を得ることで,ライバル企業の社長殺害を決意する……ニューヨーク市警審理捜査総監パウエルと,完全犯罪をもくろむ殺人者ライクとの行き詰まる死闘を描き,第一回ヒューゴー賞に輝いた名作登場!」とされている。うん,面白そうである。私が読んだこの「破壊された男」は,2017年に復刻,発売されたものです。

 背表紙のあらすじにも書いてあるように,この作品の舞台は,テレパシー能力を持つエスパーが存在する世界を舞台にしたSF小説である。この世界のエスパーが持つ能力は,対象の人物の心を読んだり,エスパー同士であれば,そのテレパシー能力で会話をしたりする能力。エスパーには1級から3級までの3つの等級があり,世界には約10万人の3級エスパーがおり,ほぼ1万人の2級エスパーがいる。1級エスパーは,この世界でも1000人足らずしかいない。このエスパー達は,その能力で世界をコントロールし,殺人の意識を感じ取ることで,殺人を防止しており,ここ70年以上,殺人が成功したことがない。そんな世界である。

 主人公,ベン・ライクは,そんな世界で,殺人を計画する。ベン・ライクは,モナーク産業という資本金100億円の大企業の社長。しかし,ライバル会社であるドコートニィ・カクテルとの激しい競争で,どうにもならない状態に追い込まれている。そして,ベン・ライクは,毎日のように,「顔のない男」の悪夢を見ていた。ベン・ライクは,「顔のない男」の悪夢を見る原因は,ライバル会社,ドコートニィ・カクテルの社長,ドコートニィが原因だと考えている。モナーク産業のためにも,自身の悪夢から逃れるためにも,ベン・ライクはドコートニィを殺害しなければならないと考えていた。

 この世界で殺人をすることは不可能に見える。しかし,ベン・ライクは考えた。エスパーを,それも1級エスパーの協力を得ることができれば,殺人可能なのではないか。通常は,そんなことは不可能である。しかし,ベン・ライクには十分な資産がある。ベン・ライクなら不可能ではない。ベン・ライクは,1級エスパーでありながら,テレパシー教育と全人類に超感覚知覚を与えようとする優生計画推進のために,エスパーギルドに収入の95パーセントもの金額を支払っていることに不満を持っているオーガスタス・テイトという医師に目を付ける。ベン・ライクは,オーガスタス・テイトを味方付け,ドコートニィ殺害を計画する。

 この作品は,SFでありながらミステリ的な味付けもある。全部で17に分かれたパートのうち,4までのパートがドコートニィ殺害計画のためのパート。5つ目のパートで犯行が行われ,そこからは,ベン・ライクと,ニューヨーク市警心理捜査局総監,1級エスパーであるリンカーン・パウエルとの対決が描かれる。

 この作品は飽くまでSFなので,警察対犯人という図式でありながら,倒叙モノというほど,ミステリとしての深みはない。しかし,パウエルの指揮の下,ベン・ライクの犯罪計画とモナーク産業を捜査する警察達と,その捜査の裏をかこうとするベン・ライクの企みは,なかなかに見ごたえがある。途中,事件の鍵を握るある人物をめぐる争奪戦もあり,パウエル対ベン・ライクの対決が,中だるみをすることなく描かれる。そして,序盤で,作者が仕込んだ伏線,「WWHG」が終盤で回収される。この伏線により,パウエルは,「モザイク多重起訴コンピュータ」=長老モーゼを説得するための,動機・機会・手段のうち,ある一つを埋めることができなくなってしまう。

 そのあと,ちょっとしたどんでん返しがあり,終盤,この作品のタイトルが意味する展開を見せる。

 感想としては,よくできたSF作品だと思う。何より,話づくりが上手く,ちょっとした登場人物まで,十分な役割を与えられる。ミステリとして読むと,古典というほどでもないかもしれないが,ミステリ風の味付けがあるSFとしては,まさに傑作といっていいデキだろう。翻訳モノであること,やや説明不足な描写があることから,特に序盤はしっかりと読まないと,なかなか話が頭に入ってこない。登場人物や地名などの固有名詞も多いので,登場人物表をこまめに見たり,固有名詞をメモしたりして,しっかりと読めば,いい読書経験ができる作品だと思う。

 読みにくさのほかに,もう一つ欠点があるとすれば,主人公,ベン・ライクと,そのライバルであるパウエルがそれほど魅力的な人物として描かれていない点か。ベン・ライクは,どうも大企業の社長とは思えない粗雑さが目立つ。どちらかというと中小企業のお山の大将というイメージ。パウエルも,彼女であるメアリ・ノイスに対する態度も含めて,イマイチ煮え切らない男と感じてしまう。

 とはいえ,トータルで見れば,読後感も悪くなく,十分な名作といっていいと思う。第1回ヒューゴー賞受賞作,ミステリ的な味付けがあるSFの古典をじっくり味わってほしい作品である。


 

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?