さまざまな伽羅、さまざまな立ち方

千差万別、十人十色な香木のそれぞれの特徴を簡潔に言い表すことは、至難の業です。
その難題に対する解答として苦心の末に確立された概念が「六国」「五味」でした。
でも、それらは決して誰にでも理解できる普遍的なものではなくて、概念を確立した本人あるいはその継承者のみが正解を知っていて、尚且つ、正解の証拠を所持しているというようなことを『香木三昧』に書きました。

正解を書面に認(したた)めて証書とすることが行なわれ、その証書を「極(きわめ)」と呼称します。
認めるのは流派の御家元・御宗家で、内容は香木の木所(きどころ=分類名)・銘・味・位です(銘の拠り所となった和歌があれば、証歌として書き添えられることがあります)。
その木所に該当するのが「六国」であり、味に該当するのが「五味」です。
「六国」は全ての香木を6種類に分類してそれらのどれに該当するかを表わし、「五味」は香気の特徴を5種類の感覚及びそれらの組み合わせで表わしたものです。
「六国」の分類名が伽羅・羅国・真那賀・真南蛮・佐曾羅・寸門陀羅で、
「五味」は辛・甘・酸・鹹(かん=しおはゆい)・苦になります。

前置きが長くなりましたが、ようやくタイトルの説明に戻って来ました。

香木は、塊が違えば、例え産地が同じであっても、そして顔(外見の特徴)が同じようであっても、決して同じような立ち方はしません。
断言することは憚られますが、少なくとも数十年に亘る体験の結果からは、自信を持ってそのように言い切れます。

そして、同じ塊の中でも、全てが一様に同じような立ち方をするわけでもありません。

更には、同じ塊の同じ箇所でも、いつも同じように立つとは限りません。

立ち方の僅かな違いをもたらすものには、気温や湿度、香炉の形状や灰の状態、香炭団の熾(おこり)り具合などの外的要因の他にも、聞き手の健康・心理状態や事前に食べたものや飲んだ物の影響も要因となり得ます。

それ故に、例えば御家元に或る香木の極を申請するとして、その香木が具える本性のようなものや匂いの筋を見極めることは、御家元であっても…むしろ御家元であるからこそ…簡単では無いのです。
春夏秋冬を経て様々な条件の下で聞香を繰り返した上で、早くてもおよそ1年の後に、漸く極を認めていただけます。

記載された「味」が仮に「ニ ア カ」だとして、その香木を聞香して同じように感じられるとは限りません。
技術的な問題も含めて、御家元と同じようなコンディションで聞香できるとは限らないからです。(そもそも、嗅覚そのものに個人差がありますから、御家元がアと聞かれる感覚と自分の感覚とが違っていても不思議では無いのです)
様々な要素を考慮すればするほどに、「香を聞く」ことが正しく一期一会の大事であり、得難い瞬間だと言えるように思います。

だからと言って、聞香は困難を極める難行ではありません。
様々な要素を踏まえた上で縦横無尽に愉しめる、奥深い遊びと言えます。
その醍醐味は、対象とする香木が上質であればあるほどに、より深まるものと思われます。

現在、香雅堂のオンラインショップ kaorimiyabi に公開されている伽羅は3種で、5月の推奨香木『仮銘 いづる日』を含めると計4種です。
前回の投稿で『仮銘 にごらぬ波』と『仮銘 いづる日』とが似ているというような書き方をしてしまいましたが、似ているのは「高貴な気品が感じられる」というような意味合いにおいてであり、それぞれの香気の違いは、銀葉に載せた瞬間から確かに感じていただけると思います。
また、最初の公開時にあっと言う間に完売してしまった『仮銘 風の梅が香』を、ふたたび限定公開していますが、これは伽羅に特有の「辛」を特徴的に放ち続けるという点で極めて貴重な黄油伽羅です。
それぞれ特徴ある4種の伽羅の詳細については別の機会に語れればと思いますが、今回は画像のみ、掲載しておきます。

先ず『仮銘 にごらぬ波』(紫油伽羅)です。

にごらぬ波

次に、『仮銘 いづる日』(黒油伽羅)。
『仮銘 にごらぬ波』よりも樹脂分の揮発性が高く、より低温から力強く立ち始めます。

いづる日①

そして同じく黒油伽羅ですが、五味では表現し切れないような特有の味わいをほのぼのと醸し出してくれる『仮銘 軒端の花』。

軒端の花

上質な黄油伽羅として希少な存在感を放つ『仮銘 風の梅が香』は、写真ではどこが黄色いの? という感じですが、ご参考までに後ろ姿も掲載しておきます。

風の梅が香①

風の梅が香②

十人十色の持ち味をぜひご堪能下さいます様、お薦め申し上げます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?