羽生山へび子という漫画家。

前職についてから、というか、本屋を辞めてから漫画はすっかり読まなくなっていた。なんとなく心に余裕ができたからか、また漫画を読み始めたのは二年前の冬のことだ。

ずっと追いかけてなかった、中村明日美子の同級生のスピンオフ作品を買ったり、読むのをやめた頃にはデビューもしていなかった、漫画家の作品を読んだりと、新規開拓にも余念が無かった。

そんな折、Amazonのオススメに登場したのが羽生山へび子の「僕の先輩」だった。表紙は随分可愛くて、四コマか何かかと思った。四コマは読まないのだが、オススメされるという事は、ワタシがAmazonで買った漫画を買った人が買っている作家という事で、恐らく絵の好みが似ているはずだ。と思い羽生山へび子の漫画を試し読みしてみた。読んだのは確か「晴れ時々わかば荘」だったと思う。

ズバババ! というペン入れの音が聞こえて来そうな荒々しい線や、フリーハンドで描かれた背景は、綺麗な絵を描く漫画家が多い中で、かなり個性的だと感じた。何より、今時おる!? というリーゼントのヤンキー高校生の登場に、久しぶりにワクワクしたのを覚えている。登場キャラクターの個性の半端なさや、独特のギャグセンスに、漫画を読んで久しぶりにお腹を抱えて笑った。

天才を見つけてしまった!!!

と思ったのは、間違いじゃない。

試し読みなので、当然、中途半端なとこまでしか読めない。

これは読まない訳には行かない!! と、漫画は紙派のワタシは、取り敢えず片っ端から羽生山へび子の漫画を買い漁った。

Amazonでも手に入らない本を買い求め、おばはんでありながら、日本橋のアニメイトにまで足を運び、若い女子に混じって、妹と二人でBL漫画の棚の前で目を皿にしたのは、良い思い出だ。奏して三が日中に既刊本を全て手に入れることに成功した。

羽生山へび子という漫画家を知れたというだけで、一年が素晴らしい年になりそうだと、そんな予感がした程だ。

勢い余って、ご本人のTwitterに、ファンです! と正月早々、メンションを送りつけた。返事などこんな気持ち悪いメンションにないだろうな。と思っていたが、すぐにリプライをくれたことには感動した。

もっと読みたい欲は止まらなかったが、もうその時点では、すでにどこの雑誌でも連載はしていない様だった。大洋図書のイアハーツで「あれはカモメと誰かが言った」というタイトルの漫画を連載していたのだが、2017年の秋頃を最後に休載していた。

ワタシはご本人がデビューごろまで続けていたサイトを見つけ、そこにある漫画や小説を読み漁った。それから異色の猫BL「きゃっつ」が発売された頃まで更新されていたブログを読んだ。

病名などは描かれていなかったが、何か大きな病気を患い入院していた事がブログには書かれていた。休載になったのは、そういう事情があったのだろう。残念ではあったが、とにかく、また連載できるまでは、静かに待ち続けよう。とそんな風に思っていた。

6月に逝去された事を知ったのは、ついさっきのことだ。しばらくつぶやきがなかったので、勝手に体調を心配していた。どなたかが、固定のツイートにお悔やみの言葉をリプライしてるのを見て、知った。

本当にショックだった。

大ファンだったのだ。今年の四月には今更だがファンレターも送った。

羽生山へび子を知らなかったなんて、◯ね! と思ったくらい、漫画を読まなかった十年間を悔やんだくらいに、大ファンだった。

同人誌時代からファンだった人にしてみれば、何を今更と感じるかも知れないが、ほんとに好きな漫画家だった。

昭和の香りが漂う作風も、ズバババ!という音が聞こえてきそうな線画も、リーゼントのヤンキーも、セリフの一個一個も、笑えるのにホロっと泣ける、平成の男は辛いよみたいな物語も、何もかもが大好きだったのだ。

あり得ないが、もし自分がBL小説家になったら、挿絵は絶対、羽生山へび子だ! と、妄想していた。そんな予定はそもそも一切ないのだが。

もう、二度と新しい作品を読めないのかと思うと、悲しくて寂しい。つぶやきにリプライする楽しみや、丁寧にさらにリプライをくれるやり取りが二度とないなんて、本当に哀しい。

11月に作品集が2冊刊行されるらしい。僕の先輩と、晴れ時々わかば荘が収録されているようだ。最後の連載作品の「あれはカモメと誰かが言った」は未完でもいいので、収録して欲しい。続きは読めなくてもいい。とにかく、全部、何一つ残さず収録して欲しい。

羽生山へび子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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