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【掌編小説】君の歌が聞こえる

マルキューの大型ビジョンに映った君に、僕は釘付けになった。 長い髪をかきあげ、風を受けて歌う姿は、とても気持ち良さそうに、幸せそうに微笑んでいた。

中学校の屋上で放課後、君は、長い髪をなびかせてフェンスの向こうに立って歌っていた。 それは少し悲しそうで、苦しそうで、でも楽しそうな歌声だった。
僕は、君に話しかけたら、フワリと向こうに行ってしまいそうで、ただただ君の後ろに突っ立って聴いているだけだった。

だから「ヒマなの?」と話しかけられた時は、とても驚いた。 まさか話しかけられるとは思っていなかった僕は、情けなくへどもどしてしまった。

 笑いながら君は、フェンスなどないかのように、ふわりとこちらへ戻ってくると 、
「飛び降りるとでも思った?」と言った。
「え…いや。 そんなことは…」
「飛び降りるところ 見れなくて 残念?」
「そんなことあるわけないだろ!」
「でも、ただ後ろでぼけーっと突っ立ってたじゃん」
「それは、君の歌が…」
僕はそれ以上言葉が出なかった。 上手かったからというのとは違う。 ただ上手いんじゃない、聞き手をそこから動かさない…なんかうまく言えないけれど、とにかく僕は動けなかった。
だけどそれをうまく言葉で言い表せなくて、黙って下を向いた。
「ねぇ、あんた、友だちいないでしょ?」
彼女はくすくす笑って、フェンスにもたれてしゃがみこんだ。 僕は黙って隣に座った。

それ以降、良く話すようになったーーなどとというようなこともなく、幻の歌姫との思い出はそれきりで、あれから何回か屋上に行ってみたが彼女はいなかった。

時は流れ僕は大人になった。

 時に揉まれ、人に揉まれて、ズルさや、多少の意地悪さを身につけて、それなりに大都会で生きて行く術を駆使して生きている。

昔の友達からLINEが流れてきた。 その映像はつい今しがた見たばかりの、あのマルキューのだった。 メッセージはこうだ。
『これ、中学ん時の先輩だって知ってた?!』


スクランブル交差点の真ん中で、何気なく立ち止まり振り向く。 一瞬、風が強く吹いた。 まばたきをすると、セーラー服で、風に髪をなびかせて歌う君が見えた。

「ヒマなの?」

風の音に混じって君の声が聞こえた気がした。

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