記憶 その3

 とにかく一心不乱だった。

 ここ数日の雨で湿った落ち葉らが、駆け抜ける足の軌道を、ひとつ遅れて追いかけるように跳ねていった。
 足取りは軽く、無駄の無い動きであるとはいえ、森の足場ではどうしても荒々しい走りになる。
 落ち葉などを跳ね散らしながら、そして跳ねた落ち葉を腹や手足、たまに顔に受けながら、ほぼ全速力で駆けていた。

 そして薮が視界を覆うような道であった。
 4足だからなんとか通り抜けられると言うような、道というより隙間のような道を、全力で駆けていた。
 薮は、もう雨が止んでいるものの、まだ葉に沢山雨水を含んでいたようで、駆ける内に体の毛はぐっしょりと濡れてしまった。不快では無かった。
 上り坂であった。
 前肢、後肢で身体をぐんぐん持ち上げるように走った。
 身体はしなやかで強靭な筋肉で覆われている。
 今は、藪の中で走りやすいように身を低くし、鼻先を進行方向に突き出すような姿勢で、普段より地面と腹が近くなるような走り方で、駆けていた。

 身体の使い方がわかる。
 この身は自分自身のものである。

 そして毛皮越しの藪や水滴、足先から感じるぬかるんで不快な地面、雨上がりから少々時間の経った、むわっとするような不愉快な匂い、自分のたてる音、自分以外のものがたてる音(後者はあまり聞こえない)、目まぐるしく変わる視界ー

 それらと共に、私は確かにそこにあった。

 自身に対し、強靭な肉体と、周りも自分自身であるという感覚を抱いていた。
 だから、自身に対し、絶大な信頼感を抱いていた。

 そして上記の間、足場の悪さに苛立ちながらも、無心であった。
 ただ、走り、周りの世界と自分の感覚を感じる。空、とも言えるだろうか。
 そんな感覚であった。
 空の中に、自身への信頼感と世界との一体感が、満ちているような感じであった、とも言えるかもしれない。