学生最後の読書感想文

大学4年生の夏はなんとも寂しいものになりそうです。このご時世では遠出は出来ないし会いたい人にも会えません。とっくに終わっているはずの就職活動も未だ終了の兆しはなく。楽しみだったはずの私の夏の計画は全て崩れ去ってしまいました。

それでも学生最後の夏だし、少しでも特別なことをしたいとは考えていて。そんな矢先にこの素敵な企画の存在を知り、喜んで参加を即決した次第です。

「君と夏が、鉄塔の上」は僕(伊達)、帆月、比奈山の三人が織りなすひと夏の物語。

鉄塔の上に帆月にしか見えない男の子がいる、というところから始まるファンタジーのようではありますが、所々に散りばめられた少年少女のがむしゃらな感じとか、時に無気力な感じとか、とにかく思春期特有の不器用さみたいなのが妙にリアルで、自分の中学生時代を思い出しました。
そして鉄塔、荒川リバーサイド、調神寺と身近にあるような場所で起こる様々な不思議な出来事に、「僕」と一緒に冒険しているような気持になり、「次はどんなことが起こるんだろう。」とワクワクしながら、ページをめくる手が止まりませんでした。

引っ込み思案な「僕」は小説の中でそんな自分を自嘲気味に語り、比奈山は家系的に手に入れてしまった幽霊が見える力に悩む。天真爛漫で楽観的な帆月は、「僕」とは正反対のような人物だったけれど、本当は人に忘れられるのが怖くて、一人でその恐怖と戦っていた。
15歳の自分に向けた手紙を書くような歌があるくらいですから、中学生ってみんな心にモヤモヤしたものを抱えていて、それでも必死に、不器用に「自分」を探しているんだと思います。私自身も人間関係だったり、将来何してるんだろうという漠然とした不安だったり、今考えると「何でこんなことで悩んでたんだろう」というような事でとことん悩む日々を過ごした一人です。そんな子どもから大人に移りゆく中学生だからこその物語だなと思います。思春期の子供達の繊細な言動の描写に、「私もそんなこと考えてた時期あったなぁ。」と思わずにんまりしてしまいました。

一番印象に残ったシーンは、「僕」が帆月や比奈山と共に改造を重ねた自転車で、忘れられるもの達の世界に行ってしまった帆月を連れ戻しに行くシーンです。冒頭から登場していた空飛ぶ自転車が終盤に物語を大きく動かし、展開にファンタジーさが増して一気に物語に引き込まれます。

いたって普通の大人しい「僕」が夏の様々な経験や同級生達との交流を通して、勇気を出して一歩前に足を踏み出すようになる。その成長の集大成が、このシーンなのではないかと思います。それはもちろん帆月に対する思いもあったのかもしれませんが、それだけでは彼は行動には移せなかったと思います。
帆月と話すようになって、比奈山とも話すようになって、今まで目を向けてこなかったところにも目を向けるようになった。そうやって「僕」は少しずつ変わっていったからこそ、あの時空飛ぶ自転車に乗れたのではないでしょうか。そして成長した「僕」はこれからももっと成長していくでしょう。帆月に鉄塔巡りのお誘いが出来たのですから。

最後に、少しだけ気になったことを。「明比古」って結局誰だったのでしょうか?「僕」の明比古に関する記憶が不自然に曖昧だと感じました。
比奈山も、人に忘れられる事を怖がるあの帆月でさえも彼の存在を忘れていた(知らなかった?)。鉄塔や工事現場が趣味であるわけではないのに、「僕」に93号鉄塔について詳しく聞いてくる。椚彦の社に妙に詳しかったり、神様について知ったようなことを言ったり…挙げ出すと不可解な点が沢山浮かんできてしまいました。
狐のように細い目と不健康そうな色白の肌…もしかして彼はお稲荷様の何かなのではないかと思うのです。その土地の神として新しくできた鉄塔を見守っていたのではないかと思ったのですがそこのところそうなんでしょうか賽助さん?笑

冒頭でも書いた通り、今年の夏は夏らしいことが出来ませんでした。
だけどこの小説を読んで、学生の最後に素敵な夏の体験が出来ました。五感全てに訴えかける細やかな描写に、自分も真夏の青い空と煩いセミの声の元で、汗水垂らしながら子どものように冒険したような気分を味わうことが出来ました。
そして、少しだけ鉄塔に詳しくなりました。

「夏」を感じたいと少しでも思っている人にお勧めしたい一冊です。
滑り込みの投稿になってしまいましたが、賽助さん、素敵な物語をありがとうございました。




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