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Chapter3:日本の音楽ビジネスの仕組み<2>(知っておくべき権利の話)

『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。
  この章ではニューミドルマンとして音楽ビジネスに携わる際に 押さえておくべきポイント、“新常識”の前編として、日本の音楽ビジネス、音楽業界の仕組みを知りましょう。 業界慣習ができたのには理由があります。しかし理由とすべき状況が無くなったのであればルー ルも変更するべきです。守るべき掟と、変えるべきルール、そんな視点も交えながら、できるだけ構造的に説明していきます。

著作権徴収額は増えている!

 CDが売れなくなって、音楽で儲からなくなったと一般的に言われています。しかし JASRAC の徴収額推移を見ると、その意見は一面的であることが分かります。

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 JASRACの著作権徴収額は1,100 億円台で推移しています。2014年は前年比 1.5%アップしました。この図にはジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)やイーライセンスといった第 2JASRAC と呼ばれる会社群の徴収分は含まれていません。少なくともJRCは右肩上がりに徴収額を伸ばしているので、この表にはありませんが、著作権使用料全体はその分も増加しています。
 概して言うと、作詞・作曲家と音楽出版社に分配される総額は10数年間、横ばいないし微増で、総額は下がっていないのです。これからストリーミングなどの新たな音楽サービスや海外からの徴収などが期待通りに上がっていけば、上昇する可能性もあります。
 右ページの図は、支分権と言われる著作権の区別ごとに、分かれてい ます。大まかに言うと、“演奏”は、コンサートとカラオケでの使用料、 “録音”は CD と録音物の使用ということでテレビやラジオでの放送分 も含みます。“出版”は楽譜や歌詞の掲載などの出版物、“貸与”はレン タル CD、インタラクティブは音楽配信や YouTube などネットでの利 用が分類されています。音楽はさまざまな用途で使われますので、その都度、著作権使用料が発生し、徴収分配されています。
 音楽出版社と作詞作曲者の取り分は、楽曲ごとに契約で決められます が、作詞家1 / 4、作曲家1 / 4、音楽出版社1 / 2ずつというのが業界慣習になっています(キャリアのある作家の場合は、作詞家作曲家音楽出版社1 / 3ずつというパターンもあり、ほとんどの場合がそのどちらかです)。音楽出版社の1 / 2は多いと思うかもしれませんが、音楽出版社分が1社でないケースの方が多いです。大きなプロジェクトになるほど、事務所とレコード会社が分ける他に、タイアップに関係して放送局系出版社が権利を持ったり(これは独禁法上違法ではないかと問題視されているのですが、業界慣習としては定着しています)、さまざまな組み合わせで複数の会社で音楽出版社分を分け合う形が一般的です。

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問われる透明性

 著作権管理団体は、以前は JASRAC(日本音楽著作権協会)だけでしたが、2000 年に成立した著作権等管理事業法によって、他の会社で も著作権管理をできるようになりました。いわゆる第2JASRACと呼ばれる会社が幾つも作られましたが、現状、著作権が信託される団体として機能しているのは、ジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)とイーライセンスの 2 社と言って良いと思います。
 著作権の使用料は、各社が定めますが、支分権ごとに違う形が一般的です。やはり JASRAC の使用料規程が目安になっています。CDの場合は販売価格の6%、ダウンロード音楽配信の場合は 7.7% と決まっています。またコンサートについては、入場料収入とキャパティによって細かく金額が定められています。JASRAC の公式サイトですべて公開 されていますので、興味がある人は見てみてください。あまりにルールが細かすぎて、自分のケースがどの表に当てはまるのか分かりにくい場 合も多いですが、誰でも見られるようにはなっています。
 JASRAC については、批判の声も大きいですが、音楽ビジネスを する人にとっては、功罪の功の方が、ずっと大きい存在です。ただ、1939 年に設立された古い団体ですし、理事は高齢の作詞・作曲家の方 が多く、保守的な判断をする傾向を持っていることは事実です。大まか に言うと“著作権意識を普及するためにも、著作権使用料は、取れるとこからたくさん取ろう。分配は不公平が無いように気を付けなら、大体でも良いから分けていこう”というのが行動規範になっています。
 しかしこの考え方は、デジタル時代に全くそぐいません。前述のJRC は、“透明な分配が担保されなければ、そもそも徴収しない”という方針で、信頼を集めています。
 店内BGM やライブハウスからの徴収などで、実際に使われた楽曲を明確にせずに、ともかく使用者から著作権料を取ろうとし、時には裁判所を使って営業停止に追い込むような JASRACのやり方は、デジタルで透明化が可能な現在では時代錯誤になっていて、社会的な批判が集まるのも当然です。
 権利者側の立場だと、カラオケとコンサートを“演奏等”という支分権でセットにして、20%を超える高い手数料を JASRAC が取るのが不満です。地方のカラオケスナックを回って集めるのを止めて良いから、 手数料を安くするという選択肢を権利者側に持たせてほしいです。通信カラオケ経由に徴収を集約する簡素化もあり得ると思いますし、そもそもコンサートとカラオケの分配手数料率は分けるべきです。
 ただ、この15 年でJASRAC の改革は進んでいます。僕はすぐに訴訟 したり、放送局に楽曲使用差し止めを求めたりするイーライセンスの乱暴なやり方には批判的で、自分がかかわる楽曲をイーライセンスに信託することはしませんが、そんな乱暴も含めた第 2JASRAC の存在が、 手数料競争を生み、JASRAC の改革を後押ししたのも事実です。
 いずれにしても、日本国内については、楽曲がたくさん使用されたら著作権の徴収分配がされるという仕組みが精緻にできているということは、信頼して良いと思います。課題が無いとは思いませんが、アジア諸国とは比較にならず、欧米並みの徴収分配が行われているのは日本の素晴らしいところの1つです。 僕の会社(バグ・コーポレーション)も 20 年以上 JASRACの正会員ですが、実際に音楽ビジネスをやってみる と、そのありがたみはよく分かります。
 楽曲を流行らせて、著作権で儲けることについては、日本国内は課題があるけれど安心はできる、欧米は、時間差はあるけれど徴収は可能、 アジアなど新興国は未知数。と、ざっくり理解しておきましょう。
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の知的財産分野への影響につ いては、関係者から懸念の声が強いようです。2015 年 8 月現在、内容が明らかになっていないので、ここでは触れません。ただ、音楽著作権を含む知財の分野が国際政治のパワーバランスに影響されることは、知っておきましょう。国家間の争いに性善説は通用しません。日々のニュースに一喜一憂すること無く、冷静に状況判断する癖を付けましょう。

知っておくべき権利の話

 音楽ビジネスに携わるための最低限の著作権の知識をまとめました。
 まず、最初に知っていてほしいのは、1 つの音源には 3 種類の権利が 存在するということです。
1 つは前述した著作権。作詞家・作曲家と契約をした音楽出版社(ミ ュージッ クパブリッシャー)が持つ権利です。著作権を管理する会社のことを音楽出版社と呼びます。音楽出版社経由で JASRAC や JRC など の信託団体に著作権収を信託するというのが、基本的な形です。
 もう 1 つ覚えてほしい言葉が著作隣接権です。法律用語で意味がつか みにくいですが、僕は“著作権みたいなものだけど、著作権よりちょっ とだけ弱い権利”と勝手に理解しています。
 この著作隣接権が 2 種類あります。1 つは実演家の著作隣接権。やはり法律用語で、アーティストやミュージシャンのことを実演家と呼びます。そういうものだと覚えてください。歌ったり、演奏したり、演技したり、踊ったり、そんなことを全部まとめて“実演”と称します。この実演家が著作隣接権を持っています。
 3 つ目が、おそらく一番分かりにくいのですが“レコード製作者の著作隣接権”というものがあります。“レコード製作者”も一種の法律用語で、いわゆるレコード会社のことではありません。おおまかに言うと、 “レコーディングの費用を出した会社”というのが分かりやすい理解で しょう。通称“原盤権”と呼びます。
 この原盤権は、複数の会社が支出していることは珍しくありません。 レコード会社と事務所が原盤権を折半する、などはよく見る形の1つで す。
 著作隣接権にはもう 1 つ、放送局が持つ放送番組の“放送事業者の著作隣接権”というのもあります。お金と労力を掛けてつくられた放送番組の制作者にも、著作隣接権が認められています。YouTube やニコニコ動画などにユーザーが勝手にアップされた番組映像が勝手に削除され るのは、この権利が根拠になっているのです。

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“許諾権”と“報酬請求権”

 さて、1 つの楽曲には、著作権、実演家の著作隣接権、レコード製作者の著作隣接権(=原盤権)の 3 つがあるということを、まずしっかり理解してください。その上で、見たことのない言葉が出てきますが、最小限にしますのでもう少しだけ我慢してください。
 これらの権利は、使われる方法によって、“許諾権”と“報酬請求権” の 2 つに大きく分けられます。“許諾権”というのは、権利者がその楽曲を使用させるかどうかを、決められるという意味です。使用者の立場だと、楽曲を使いたい時は、その都度、個別に権利者から許諾を取らないと違法利用になってしまうということです。一方、“報酬請求権”というのは、一定の手続きさえ踏めば、使用者は自由に楽曲を使えて、権利者には使用料を請求する権利があるということになります。この違いは、音楽ビジネスをする際には、非常に大きなものになります。
 例えば、テレビ局や放送局は、市販されているCDであれば、自由な形でオンエアすることができます。これは、実演家とレコード製作者の2つの著作隣接権が、報酬請求権になっているからです。使用料については、日本レコード協会と実演家団体(芸団協 CPRA)が、それぞれ日本民間放送連盟(民放連)と交渉して決めることになっています。 ところが、その番組をパッケージにして販売にする際は、楽曲ごとに許諾が必要です。なので、DVD 化されることが前提のドラマなどは、 BGM に既存の楽曲を使わずに、そのドラマ専用のオリジナル楽曲によ るサウンドトラックをレコーディングして作るのが一般的です。
 アーティストによる主題歌、挿入歌などは、タイアップという言い方をして、事前に話し合って条件を決めておき、パッケージ販売の障害にならないようにします。これらは、使用方法が“放送”の場合は報酬請求権、“録音”の場合は許諾権というルールになっているからです。
 インターネット上で楽曲を利用する場合は、日本では許諾が必要というルールになっています。アメリカではミレニアム法を定めて、インターネットラジオ局の利用を許諾権ではなく、報酬請求権にする仕組みを作っています。このことは、後ほど詳述します。

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 “放送と通信の融合”という言葉を聞いたことはありますか? この 2 つは出自が違います。“放送”というのは、多くの人に同時に聞かせ る公共的存在で、政府や公的機関が一定の管理をして行なうものです。 楽曲が報酬請求権になっているのは、権利者には正当な収入は払われるべきだけれど、放送という公的な行為の中では、自由に音楽を使える方が、社会にとってプラスだという考えに基づいています。
 一方、通信は、元来は個人対個人がやりとりをするものです。電話の 通信内容は、本人たち以外の人が聞けないように保護される対象です。
 問題はインターネットに関しては、通信の延長線上としてコンテンツ に関するルールが作られてしまっていることです。インターネットの発達で、放送と通信の垣根は実質的には無くなってきていますが、法律や社会慣習、ビジネスルールは、2 つを分けて作られています。ラジオ番組というコンテンツは、ラジオ受信機で聞いても、インターネット経由 でパソコンでも、ユーザーにとっては同じ価値です。これが別のルールで管理されているのが、日本の現状なのです。
 後 述 す る r a d i k o が 成 立 し て い る の は 、“ サ イ マ ル 同 時 送 信 ” という考 え方があるからです。インターネットを経由していても、放送局が放送している番組であって、放送と同様の形式であれば(本来は通信になる けれど)、通信のルールではなく、放送のルールに準じて権利処理をし ましょうという業界合意になっているのです。外部から見ると、当たり前過ぎてバカバカしく感じられるかもしれませんが、業界団体が真剣に話し合って決めていることです。
 全般的に言って、日本の現状は、海外に比べてネット上の著作権ルー ルが厳しくなっています。そのため音楽に限らず、コンテンツ促進にマイナスに働いていて、改めるべき課題です。
 著作権と 2 つの著作隣接権、許諾権と報酬請求権の違いは、音楽ビジ ネスをする際に必要な基本知識ですので、理解しておいてください。(続く)
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2020年11月付PostScript
 音楽の権利にまつわるビジネスの際に必要な専門的な内容を、正確さをギリギリ保ちながら、できるだけわかりやすく書いたつもりなのですが、どうでしょうか?
 その後の大きな変化としては、JRCとイーライセンスが合併してNexToneになり、株式上場をしたことです。これは日本の音楽業界にとって大きなプラスの一歩だと思います。合併して第2JASRACがまとまり強化されました。それでも著作権使用料徴収シェアはJASRACの10%未満ですが、合併を機会にイーライセンスの創業者は経営から引かれたので、僕が問題視していた「乱暴」なやり方はなくなり透明性が高く、丁寧な徴収分配会社になることが期待できます。NexToneについて以前書いたエントリーをご覧ください。デジタルとグローバルに強いのが魅力です。

 本書で指摘した「放送と通信の融合」については、ゆっくり、すごくゆっくりにしか進んでないというのが現状ですね。ユーザーにとっては、電波経由かネット経由かは関係なくて、スムーズに使えればよいだけです。電波の使用権を政府から安価でうけているテレビ局が、新聞社と系列で、ジャーナリズムとしても力を持っていて、既得権益として自らの立場を守ろうとしているのが日本全体としてはマイナスになっています。菅政権になって、通信会社に携帯電話料金の引き下げを要求しましたが、テレビ局への電波使用料アップや電波オークションなどとセットでやらないと不公平ですね。
 そんな中で、radikoが成功しているのは、ユーザー目線で重要なことかと思います。以前こんなエントリーを書きました。

 ラジオを電波経由でラジオ受信機で聞くという体験はユーザーから捨てられたけれど、ラジオ番組というコンテンツには魅力があることをradikoの成功が証明してくれました。音楽にとってもラジオは大切なメディアです。
 放送も通信も関係なく、ユーザー体験をベースに大切にする視点が今あらためて重要だと強調したいです。

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モチベーションあがります(^_-)