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水とすれちがいながら山を歩く

山。私の育った場所に山はなく、懐かしく思い出せるのは、母方の実家がある静岡のミカン山で、(名前はあるはずだが)ある程度のぼると、駿河湾が見渡せるその山に、母を連れて行けたらいいなと思っている。叶うならば、今もあの山からの見晴らしの先にあの海があってほしい。

たしか、門谷を歩いているときに、山から道にでてきた1匹の蛇に遭遇したことがあった。ずるりずるりと地面を動いていく泥のついたその背中を見ながら、この山にはどれくらいの蛇がいるのかなと想像したら、頭が勝手にすごい量の想像をしだして足が止まった。山にいるのは蛇だけではない。さまざまな生き物がいて、自分がその総量を想像しきれないこと、しきれるわけのないことに、ちょっとおののいた。そもそも山の総量も想像できないわけで、山というものの輪郭がぶれだし、その山をけずる川の流れの激しさに思いいたる。

最近、東北芸術工科大学から蔵王までの15kmの道を歩くという日があった。そもそも今年は暖かい冬で雪が少ないということだったけれど、その数日は特に暖かかったらしく、歩く側としてはありがたくても、やはり本当に雪が心配になるほど少なかった。雪解け水の流れる音をずっと耳にしながら、その流れる方向に逆らい、緩やかな勾配を山に向かって歩いていく。すれちがう水を目にしながら、そこでも想像できないほど無数の流れが川に合流し海に流れ込んでいるのだと感じる。山と海とがつながっているという知識が、部分的であっても実感となる。

市街地に育った私には、ふるさとと呼んで紹介できる場所はないが、幸運なことに、制作や展示を通していろいろなところを訪れる。土地を知りたくて知識を得て、実際に歩き自分の目で見て、知識が知識に過ぎなかったことを知る。再び学び、今度は見たと思ったものがいかに部分的で表面的だったかを知る。その終わらない繰り返しのなかで、自分が耕され、知識と実感のどちらとも呼べないようななにかが、わずかに残って育っていく。耕され育つと書いたが、自分の場合そこにできてくるのは作物というよりも、鉱物に近い。場所をもたない人間はことさら自分のなかの生成を信じるしかないところがあり、それで十分とも言えるし、それでは苦しいとも言える。

大和

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