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【フェアンヴィ】第55話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

目印

 サーブ王国の国境の壁は監視塔と同じくらいの高さがあった。国交を閉ざしていたというのもうなずける。
 マラハラとユリ領の境界線を北上し、国境壁までたどり着いたが、果てしなく続く壁に3人は言葉を出せないでいた。
 国境門はユリ領の中にしかないため、どうにかしてユリ領に侵入し、その国境門を突破しなければならない。
「とにかく状況を確認しないとね」
 タオが壁を軽く叩きながら言うと、ケディは永遠と続いている壁を見てうんざりした表情を見せた。この国境壁付近は森の中で建物もなく、閑散としていた。ここに到着するまでもしばらく、人と出会うこともなかった。
 
 鳥の囀りが聞こえる中、3人の草を踏みしめる音だけが聞こえる。空気は冷たいが、太陽の光が心地よく歩いている分には過ごしやすいとも言えた。今日は風もない。
「あ…」
 ルービスの声に反応してタオとケディも顔を上げ、タオも同じように掠れた声を出した。
「あれは・・・」
 右側は相変わらず圧迫感のある国境壁が続いているが、左側の木立の向こうに「ルービスの家」が見えていた。ビビデにあるルービスの生家と全く同じ家が、突然そこにあった。ルービスとタオは顔を見合わせ興奮した。ケディだけが意味がわからないでいる。
「今度は何だ?」
 3人は自然と歩みを速めた。そのまま移動させたのではないかと思うほど、その家はまんま同じだった。窓から中を覗くと、家具の位置まで一緒だ。だが、中央に見慣れないものが鎮座している。生活感は全くなく玄関の鍵も開いたままだった。
 ドアを開けると、埃の匂いと蜘蛛の巣が3人の侵入を阻んだ。ケディが家じゅうの窓を開けていく中、ルービスとタオは見慣れない中央に鎮座していた石造りの四角い柱、ただし床と接している部分は四角い空間が空いているそれを見に行った。
「暖炉だな」
 ケディがいつの間にか2人の後ろに立って呟いた。
「暖炉?」
「ここに薪を…」
ケディが暖炉をのぞき込んで言葉を止めた。
「違う…煙突がダミーだ」
 本来煙突となる空間がふさがっている。ケディは下の土を払い始めた。なにかが描かれている。ルービスとタオも一緒に土を払い始める。それは石板でできた蓋のようなもので、白い塔が描かれていた。
 ケディが取っ手を持って開けてみる。かび臭い空気が鼻をつく。中は真っ暗で下に続いているようだ。3人は顔を見合わせ、同時に発した。
「抜け道だ!」
 
 
 暖炉から続く穴は下へしばらく続いた後、サーブ王国に向かって横に伸びていた。真っ暗闇でどこまで続いているかはわからなかった。3人は途中まで進んで一度戻り、安全なこの家で休息を取ってから明朝に出発することにした。
 3人は暖炉の前で固まって眠った。

 ケディの寝息が響く中、ルービスはこちらを見ているタオに気づいた。 
「寒くない?」
 ルービスと目が合い、タオが囁いてくる。
「平気」
 ルービスは二人の間に埋もれるようにしているため、一番暖かい。
「タオこそ、寒いんじゃない?」
「うん、こんなに寒いなんてびっくりだよ」
 タオは素直に言って襟に巻いていたタオルをきつく巻きなおした。
「…こんなことに巻き込んじゃってごめんね」
 ルービスの言葉にタオは驚いたようにルービスを見た。
「何言ってんの」
 優しい声色のタオの言葉にルービスは心地よさを感じた。見るとすぐ近くに変わりないタオの微笑みがあった。長年見てきたタオの顔だ。こうして顔をしっかりと合わせるのは久しぶりな気がする。
「ルービス、ケディに聞いたけど…第三王子と…」
「ああ…」
 ルービスは目を反らし、唇を結んだ。タオはそのルービスの表情を見て自分から切り出した。
「王子の事、好きなの?」
 タオの言葉にルービスは反射的にタオを見た。
「ケディは結婚させられたわけじゃないって、ルービスは本当に王子を好きだって…」
 そう言いながら、タオは変化していくルービスの表情から真実を知った。
「好きなんだね」
 ルービスの口からはっきりと聞くまでは信じまいと思っていたタオだったが、むしろ今はルービスの口からはっきりと聞きたくなかった。
「…私…」
「ならいいんだ。…いいんだ」
 ルービスの言葉を遮るようにタオは繰り返した。いますぐ駆けてこの場から逃げ出したい気持ちを抑える。ルービスの気持ちが自分にないことなんて、昔から知っていた。だが、ルービスが誰かに恋をするなんて、そんなことも信じられなかった。ルービスが王子というだけで恋をするような人間ではないことをタオはよく知っている。だが生まれた時からそばにいたルービスを、自分の知らない男に本当にちょっとした隙に取られるなんて、認めたくなかった。
「タオ…」
「確認しておきたかったんだ。もう、わかったよ。大丈夫」
 最後の「大丈夫」はいらなかった、と思いながらタオは耳を塞ぐようにフードを被った。
「…ごめん」
 ルービスの言葉にタオがそのままの姿勢で「ごめん言うな」と返してきてルービスは少しほっとした。いつものタオのような気がした。
「それとさ」
 タオはなおも姿勢そのままに続けた。
「ルービス、パズバでわざと負けたろ。…あんなの、許さないからな。今度、改めて決着付けるぞ」
「…うん、ごめん」
「ごめん言うな」
 タオの声は少し笑っていた。その声の変化をわざと作っただろうタオの性格に感謝しながら、ルービスは目を瞑った。
 
  



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