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自宅マンションの浴室に閉じ込められた

2015年の5月24日(日)に、僕は自宅マンションの浴室に閉じ込められた。以下は無事に脱出したあと、その日のうちに自分のブログに上げた文章である。(冒頭の写真はその浴室のドアの取っ手)

その日、妻は仕事で早くから外出しており、僕は洗濯機を回して、洗い終わったものを浴室で「衣類乾燥」にかけた。

そのついでに浴室のドアの取っ手を外したのが仇になった。

実は随分前から浴室の内側の取っ手の塗料が剥がれてサビが浮いてきていたのである。

会社の先輩で DIY系のことにとても詳しい人がいて、その人に「何を塗れば良いですかね?」と相談したら、原因は何か、取っ手の材質は何か等々の質問を受けて、最後は「取っ手を外して持ってきてくれたら、僕が最適のものを塗ってきてあげるよ」と言われた。

僕は「いや、それも申し訳ないです。でも、まず取っ手が外れるかどうか試してみます。ネジが付いているので外れるとは思いますが」と言ったのが先週。そのまま放っておいたのだが、洗濯物を干すときに風呂の取っ手が目に入ったのが命取りになった(笑)

ネジは外れた。ひょっとしたら錠前のセットが一式抜けるのかと思ったが、そうではなく取っ手だけが抜けた。正確に言うと、取っ手と、取っ手を差し込んである穴を隠すためのカバーが内側と外側からそれぞれ外れた。

ラッチという、ドアが閉まると枠に切ってある四角い穴にカチッと入って、ドアノブを回すとそれが凹んでドアが開けられるようになる部分はドアについたままだ。

さて、カバーが外れると結構カビだらけではないか。まずそれを拭くことにした。外側も内側も。

で、ドアの内側からカビ取り剤をつけた雑巾でぎゅっとその部分を拭ったら、ドアが押されて、閉まって、ラッチは穴にカチッと入り、ドアが開かなくなった。

通常、取っ手を回すと、このラッチは引っ込んで、ドアは押すか引くかすれば開く。でも、取っ手はさっき僕が抜いてしまった。

内側の取っ手からは角型の棒が飛び出している。それを風呂のドアの正方形の穴に挿して、反対側から出てきた部分が外側の取っ手の正方形の穴に収まる算段だ。だから、最低内側の取っ手があれば、ドアは開く。

さて、内側の取っ手はどこにあるか? さっき浴室の隣の洗面所に置いた。汚れがひどかったので、最初に内側の取っ手を拭いたのである。皮肉なことに外側の取っ手が浴室内にある。こちらは何の役にも立たない。

ドライバーがあれば取っ手の代わりになる。ドライバーはどこか? これも取っ手を拭くときに洗面所に置いた。

でも、この正方形の穴を多分45度くらい回せたらラッチは凹むはずである。何か器具はないか?

シャンプーを入れるポンプ式容器の、シャンプーが出てくる口の部分で試してみた。大きさ的には充分なのだが、柔らかいプラスティックなので、削れるばかりで回らない。

今干したばかりの洗濯物に何かついていないか? 洗濯用ネットのジッパーも、僕のズボンのジッパー(ズボンを脱いで試してみた)もサイズが小さすぎる。万事休すである。

で、他にも問題があった。浴室は今「温風衣類乾燥」になっている。その状態で室内にこんなに長くいたことは今までなかったのだが、長くいるとどうなるか、新たな発見があった。

まず、暑い。着ていたシャツを脱ぐ。そして、息苦しい。息苦しいいのは対処のしようがない。

しかし、これは、きゅ、救急車を呼ぶしかないのか?

そこでふと冷静になって、電話は持っていたっけ、と思い当たる。iPhone はポケットにある。管理人室に電話をして、管理人に預けてある合鍵で入ってもらいさえすれば、取っ手はそこにあるのだから、簡単に開くはずである。

ウチのマンションは土曜日なら管理人が来ているが、日曜日はいない。しかし、今日は管理組合の総会がある。管理人が来ている可能性はあるし、そうでなくても管理会社の人間は誰かいるはずである。

でも、管理人室の電話番号なんか知ってたっけ?

iPhone の「連絡先」を見ると、管理人室の番号はないが、マンション管理会社の番号はあった。良かった! 救急車を呼ばずに済む。

管理会社に電話すると、これは予期した通り留守電。そこで緊急用の番号を聞いてかけ直す。当直が出てきて状況を話す。その頃にはかなり息苦しくなってきていたが、電話の先にいるのは、人は良さそうだが何だか悠長な人である。

「勤務表を確かめてみたが、今日は管理人は出勤していない。従ってこれから警備会社に依頼をする。そうすると料金が発生するが、それでも良いか?」と訊かれる。

「え? お金がかかるなら要りません」なんて言うわけないでしょ。言い値で払いますから、お願いしますよ。

しかし、今度は警備会社が合鍵を持っているかどうかは不明である、と宣う。

いや、もう、とにかく早く電話してくださいよ。管理会社にはなくても管理人室にはあるはずですから、お願いしますよ。

「ドアチェーンはかけてないですよね?」と訊かれる。げっ、か、かけてなかったと思うけど…。

ああ、息苦しい。取っ手を挿してあった四角い穴から空気が吹き込んできている。そこに鼻を近づけて深呼吸する。

漸く返りの電話があって、警備会社は合鍵を持っていたと言う。「鍵は2つついてるんですけど、両方あったということですかね?」と訊くと、「はて、それはどうでしょう?」と、電話の向こうで首を傾げる様が浮かんでくる。

ともかく、20分で警備会社が到着すると言うので、それを待つしかない。

ところで、うんこしたくなってきた。いや、実は取っ手を外す前からちょっとうんこしたかったのである。取っ手の汚れだけ拭ってトイレに入るつもりだった。

それがいよいよやってきたのである。

汗が出る、息苦しい、お腹も痛い。気を紛らわすために、iPhone でゲームをしてみるが、ミスが多く高得点が出ない。

そうこうするうちに「失礼しまーす」とドアを開ける音。そこからの救出劇は非常に簡単。僕が「そこに取っ手があるでしょう」と言い、警備会社の隊員が「あ、これですね」と言い、まもなくガチャリと開いた。

そこにがっしりとしてにこやかな警備隊員の凛々しい姿が! そして、彼は言った──「なるほど、こういう事態になってたんですね!」。

僕がお礼を言い、「あと、何か手続きが要るのでしょうか?」と問うと、「いや、今大変な目に遭われたわけですから、まずは少し休みましょう。私はこれから車に戻って書類を取ってきますので、それまでお休み下さい」とのこと。

でも、彼が出て行っている間に、僕は取っ手を元通りの形に嵌めた。今度は同じ間違いを犯さないように、ラッチと穴をガムテープで塞いでから。

彼が書類を持って戻ってきた。料金は3000円+消費税。「有償出動確認書」の「出動原因」は4番の「建物出入り口の開閉等依頼」とある。なるほど、そのとおりだ。請求書は後日郵送されてくるとのこと。

再度丁重にお礼を言って、警備隊員を送り出した。

さて、その後僕が何をしたか? ここで漸くうんこなのであった。

そして、トイレに座っている間に、朝一番に予約した映画のチケットは反故ほごになった。

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