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【私見】当初は1.2万円……「10万円給付」決定の変遷と、一律給付の課題 理想の政策とは

 昨年の特別定額給付金。10万円というかなりの現金が、老若男女問わず全国民に支給された。

当初案は「1.2万円以上」……10万円になった変遷

 この特別定額給付金、3月当初はリーマンショック時の給付金の金額である1万2000円を基準に、これを上回る額で検討されていたという。1.2万円が給付された際の政府の支出総額は、18歳以下と65歳以上は2万円であったため総額1.9兆円に上った

 そして直後、政府与党が「今回はリーマン以上の影響がある」として2万円以上の額で検討していると報じられた。2万円である場合、給付総額は2.5兆円に上る。

 4月に入ると、「困窮世帯に最大30万円」という、これまで検討されていた額からは遥かに高額な金額が発表された。全国民一律ではないものの、対象はおよそ5000万の全世帯のうち2割にも上る約1000万世帯となり、支給総額は3兆円に上ることになった。これは岸田政調会長が発表した。

 しかし、補正予算案を撤回する形で30万円給付が国民一律10万円給付に変更された。国民民主党の案、二階幹事長をはじめとする自民党の声などが圧力としてあったと思われ、最終的に公明党の山口代表が押して決定された。予算額は一気に4倍に跳ね上がり、12.9兆円となった

 このように、紆余曲折を経て、かつてない規模として決定された特別定額給付金。当初案から10倍近い金額になり、かなりインパクトのあるものだが、「批判を気にした」などとマスメディアから批判の声も聞かれた。財政赤字が続く厳しい状況で、他国ほどの厳しい政策をとっているわけではない日本においては、困窮者以外にも大金を給付している事にむしろ「あげすぎ」なのではないかという不安もある。

 しかし、特別定額給付金結果として反対する人はほぼいなかった。ただ、全く問題がなかったかと言われれば、やはりそうではないだろう。

一律給付の課題

 全国民が同額となると公平だと思われるが、支出総額が3兆円から13兆円に10兆円分も押し上げられたことに見合う効果があるだろうか。同じ1世帯であっても子供の有無で金額が大きく変わってくるし、収入がある世帯も、コロナ禍で解雇された人も等しく10万円である。子供を1人育てているシングルマザーと、十分な貯金のある高収入夫婦で同額の20万円となるが、当初の案では前者は30万円で後者は0円であった。ただし、逆に4人家族で困窮している世帯の場合は30万円から40万円に増額することになる。

 くまなく全国民を支援できた事は良い点だが、「家計支援」が本来の目的であったはずの給付金が、困窮世帯の給付額が減るケースを生んでまで高収入世帯も含めた給付に変更されるべきだったのだろうか。筆者の個人的な意見だが、どちらかと言えば困窮世帯に限定した高額給付の方が、困窮者を救うため有効だったのではないか。

 困窮世帯以外では消費が増えて景気が刺激されることも期待されたが、実際どれほどの効果があったのだろうか。リーマンショック時の一律給付を経験し、一律給付に否定的であった麻生副総理も、給付後の実態を「貯蓄が増えた」として否定的にとらえた。実際に家計の貯蓄率は上昇している

 困窮世帯を含めて家計の支援になったことは事実であろうし、将来の不安に備えて貯蓄しておくことも理解できる。ただ、そもそもコロナ禍において「使い道があまりない」という人もいたであろうし、そういった世帯の場合、生活支援にも景気刺激にもならない。

 全国民一律とせずとも、年収ベースで下位50%に給付し、残った6兆円ほどをGoToキャンペーンのような直接的な景気刺激策に回せていたらと思うと、家計支援の面でも景気刺激の面でも「中途半端」となってしまった感が否めない。

 勿論、困窮世帯に限定した場合の課題もある。基準に適合しないが居住地の物価によっては相対的に困窮度合いの高い人もいるだろうし、基準ぎりぎりで適用外の人や、基準に合わないが主観的に困窮していると感じている人にとっては不公平感が強い。給付時点では困窮していなくても、その後に困窮してしまい給付対象とならなくなってしまう人にとっては、一律給付を受けて貯蓄しておいた方がいい。何をもって困窮世帯とするかの基準作りに慎重になる必要があり、そのため制度設計や審査などに時間を要して給付が何か月も後になってしまう可能性もある。

困窮者給付とGoToを組み合わせてはどうか

 「再給付を」との声がTwitterで高まっているが、費用対効果の高い困窮者支援を目指すためには、やはり困窮者に給付対象を絞るべきだろう。一律給付をやめて浮かせられる額は医療支援に回せばいい。また、世帯給付より個人給付の方がきめ細かく支援できるであろうから、例えば家計を支える人を増額して20万円、そして子供や高齢者が1人当たり10万円という形にしてはどうか。

 Twitterでは「一律30万円を」との声すら存在する。そうなれば必要な予算は40兆円規模になるが、もし上位20%の高所得層を除けば、それだけで10兆円近く減らせ、その分を丸ごと病床確保や医療従事者支援に回せる。(金は無限ではない。日本国債を今よりももっとたくさん発行する事ができるという意見があろうが、何十兆円も軽々と発行する事ができるなら「何故わざわざ働いてお金を稼ぐのか?」という話になる。追加支出は必要不可欠な救済に限定するべきだ)

 対して景気刺激策としての一律給付も、貯蓄に回る可能性を考えれば得策ではない。GoToキャンペーンのように、実際に何かを買う際に支援を付けることで、政府支出分をすべて経済の場に回すことができる。

 何かを買えるだけの資金の無い人にとっては、GoToキャンペーンのような支援策は直接的な支援にはならないが、そういった家庭のために困窮世帯向け給付を実施していくべきだろう。困窮世帯は給付金で救済しつつ、そうでない世帯はGoToキャンペーンで(楽しみながら)現金を吐き出してもらって政府支出とセットで金を回し、それで間接的に困窮世帯や店舗を救済するという、損をほとんど生まず隙が少ない政策が理想形だと思うのだが。

GoToイートの課題

 特別定額給付金の話からそれるが、GoToキャンペーンは「コロナ感染を拡大させた」という批判がある。だがGoToトラベルは、実施からしばらく感染者が増えていない。感染者の移動を増やした可能性はあるだろうが、3密環境における他人との接触を必ずしも増やすものではないし、感染者の総数を増加させたと証明された事は無い。対してGoToイートは、3密環境を生む飲食店の利用者を確実に増やしただろうし、実施後から感染者数が増えていることから、GoToトラベルよりは大きな影響があったと思う人は多いだろう。

 GoToイートで問題なのは、店内飲食を求めたことだ。もしテイクアウト、デリバリーで大幅な割引があれば、3密環境をあまり作らずに飲食店の支援につながったかもしれない。再開時はテイクアウトやデリバリーも積極的に支援対象としてほしい。

理想の政府像

 理想の政策は難しく、常に賛否両論ある。今の政府は何をしても批判される状況にあるだろうが、将来を見据え、国民受けではなく結果を重視した政治こそ本来は必要だろう。安倍政権が長期政権となったのは、世論に敏感であったことも大きいだろうが、マスメディアのバッシングは相変わらずであった。それでも難が去るごとに支持率が回復してきたのは、不安が少なく安定した日本を維持し続け、それが強固な国民の信頼につながっていたためではないだろうか。

(画像:Maccabee/Pixabay

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