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名前を決めよう【交流企画:ガーデン・ドール】

ある日の昼下がり。
ヤクノジは教育実習生であるグロウの部屋のドアをノックしていた。

「グロウ先生、ちょっと時間ありますか?」
「はい、ヤクノジさん。大丈夫ですよ。どうしましたか?」

此方がいきなり訪ねたとしても、やはりグロウは穏やかに出迎えてくれる。
それが教育実習生という役割故なのか、それともグロウの性格なのかは定かではないが、ヤクノジにとってはどちらでも良かった。役割だとしてもそれをブレずに遂行しているのだから、彼の性格や適性が関わっていないというのは考えにくい。
役割だからというのもあり、性格でもある。そういうものなのかもしれない。

「よかった、ちょっと僕ひとりで決めるのが難しくて……僕の部屋まで来てもらってもいいですか?」

こんなにわけのわからない頼みでも。
いいですよ、とグロウは断らないのだった。

「特におもてなしするものとか用意してないんですけど……ちょっと先生に、ペットの名前決めを手伝って欲しくて」
「わあ……!可愛いですね!モルモット、でしたっけ?私で良ければ一緒に考えます!」
自室の扉を開けると、飼い主の足音に気が付いたのかケージに入ったモルモットがこっちを向いた。
白い身体に手足と鼻先、それから耳を黒く染めたモルモットである。以前ヤクノジがワンズの森で拾ってから、寮の自室で飼っている個体だ。

「そうです、この間ワンズの森で拾ってきて……。グロウ先生、大丈夫ですよ。もう少し近くで」
怖がらせないようにか部屋に入っても少し遠くから見つめるグロウに少し笑ってしまいながらも、ヤクノジは手招きした。
「ありがとうございます。失礼します……!」
声さえも少しひそめて、恐る恐る近付いてくるグロウは、ケージの中を覗いて普段聞くことがないような声を出した。
「小さい……かわいい……」
そんなグロウの様子が気になるのか、ケージの中のモルモットが耳と鼻をぴくぴくさせた。
穏やかな性格のグロウだからか、モルモットは過剰に警戒する様子もない。

「この子、好奇心が強いみたいだからグロウ先生が来ても平気そうですね。膝に乗せてみませんか?」
「膝に!乗せる!?そんなことして大丈夫なんですか!?逃げませんか!?触っても良いってこと、ですか……?さ、触り方とか、どうすれば……」
小動物、というよりも動物自体に慣れていないのだろう。ヤクノジの提案に小声ではありながらあわあわと混乱した様子を見せるグロウに、ヤクノジはくすくすと笑った。

「手のひらで撫でて貰えれば大丈夫ですよ。ちょっと失礼しますね……」
言いながら、グロウの膝にブランケットをかける。
そしてその上に、ケージから出したモルモットをその上によいしょと乗せた。
モルモットは今まで嗅いだことのない匂いにしきりに鼻を動かしているが、緊張してはいないようだ。

「先生は穏やかだし、そのまま優しく背中を撫でてみてください」
「わぁ……!な、撫でてみますね……あったかい……やわらかい……わあぁ……」
そろそろと不安げな手つきでゆっくりと背中を撫でるグロウの顔は、感動しているのか普段とは違う目の輝きを見せていた。
モルモットの方も満更ではなさそうで、少し撫でられるとへちょっと身体を平たくさせてリラックスしている。

「ふふ、気に入ってくれたみたい。……で、この子の名前を決めたくて。候補は色々考えたんですけど、折角だし先生からもアイデアをもらえたらなって」
そしてこれが今日の本題。
この子の名前を考えたいのだ。

「名前……名前ですか……今ある候補を聞いてもよろしいですか?」

「そうですね……例えば、白と黒の子だから大福とか、ソックスとか……オスなんで、可愛すぎる名前っていうのも違うかなと思って、蘭丸とかも考えたんですけど」
そう言いながらヤクノジはううんと唸った。候補はあるのだ。候補はあるものの、イマイチそれで決めるには至らなかったのだ。

「なるほど、可愛らしいですが男の子なんですね。うーん……おむすび……のりまき……ぜんざい……あっ、食べ物ばっかりですね。他には……コタロウとか、コテツとか……?うーん、難しい……」
グロウも真剣に考えているが、ヤクノジにつられてか随分と可愛い名前が候補に並ぶ。
「食べ物の名前って、かわいいですよね。僕も考えちゃったから。のりまき……確かに太いのりまきみたいだ」
モルモットには失礼かもしれないが、身体のシルエットがヤクノジにはそう見えてしまい、くふくふと笑う。

「私が食いしん坊なだけかもしれません」
ふふふ、と笑ったあとグロウはまた真剣な顔になった。
「名前、これからずっと使うものですからね。ヤクノジさんとこの子が気に入る名前が思いつけば良いんですが……」
その言葉に、ヤクノジは少し目を伏せた。
グロウは教育実習生であり、実習期間は終わりに近付いている。
ここで名前を決めたとしても、それは置き土産がひとつ増えることになるだけだ。
いや、それでもいい。そういうものだろう。

そして改めて顔を上げる。
今は、悲観を捨てるべきだ。

「あ、ねえねえグロウ先生いいこと思い付いた」

そう言いながら、ヤクノジは今までに出てきた名前をノートに書いては切り離していく。そしてそれを、部屋のあちこちに置いた。

「この子に決めてもらいませんか?部屋に離して、最初に触れた紙に書かれた名前にするって」

「なるほど、面白いですね!この子に決めてもらいましょう……ヤクノジさん、この子を床におろしてもらえますか?」
「……ああ、慣れないと怖いですよね……撫でるのと抱っこって、また違うというか。でも、グロウ先生の手を嫌がってなかったから、先生の良さは伝わってると思いますよ」
グロウ先生の膝からモルモットを床に下ろしながら、ヤクノジは微笑んだ。本当に、グロウは優しい。

「嫌がっていないなら安心しました。あとはこの子がどこに行くか見守るだけですね……!」
「嫌がってたら、鼻先で退けようとしますからね」
自分の周りでチョロチョロと動くモルモットの頭を軽く撫で、緩く笑う。
モルモットは比較的感情表現をする動物らしいというのは、ヤクノジも最近実感したことだ。

モルモットはてちてちと短い手足で部屋を歩く。
時にはグロウに近寄って匂いを嗅いだり、好き勝手に歩いていく。
その足が、一枚の紙きれに触れた。

その紙を手にとってぺらりと捲って、ヤクノジは書いてある名前を読み上げる。
「……命名、のりまき!」

「わー!!」
グロウがぱちぱちと拍手した。が、すぐに不安そうな顔をして問いかける。
「……のりまきで大丈夫ですか、ヤクノジさん」
本当にその名前で大丈夫か、ということなのだろう。

「え?大丈夫ですよ。グロウ先生と案を出して、のりまきが選んだ名前なんだから。だから、大丈夫です」
ヤクノジは既にモルモットをのりまきと呼び、自信満々に微笑む。

「それなら良かったです!のりまきさんもこの名前を気に入ってくれるように、たくさん呼んで可愛がりましょうね!のりまきさん、これからよろしくお願いします〜」
のりまきと名付けられたモルモットも、グロウの言葉に応えるようにプップッと鳴く。
その傍らで、ヤクノジは肩の荷が下りた顔をしていた。

「やっと名前決まった〜、グロウ先生と考えるの楽しかったです」
「ふふ、お疲れ様でした!私も楽しかったです。また遊びに来てもいいですか?もし良ければ、今後は抱っこの練習させてください……!」
「いつでも遊びに来て下さい。何なら、のりまきのおやつになる野菜とか持って。抱っこの練習も、何なら爪切りもやりますか?」
「野菜とか持ってきますね!こんな小さな爪を切るんですか……!?分かりました、また来たときはよろしくお願いします!」

無邪気な笑顔を見せるグロウを見て、ヤクノジも柔らかく笑う。
普段から周りを気にかけてばかりのグロウが、少しその役割から外れて楽しんでいるのを見て、何となく嬉しかった。

「はい、また是非来て下さいね!」

また、という願いが叶うのか。
それは分からないけれど。
それでも、そう言わずにはいられなかった。

もう少しの時間を、もう少しだけ。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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