雷鳴と共に、盾の陣。【交流企画:ガーデン・ドール】
ヤクノジにとって、魔力も魔術も「自分のものである」という認識はほとんどない。
それは人格が変わる前も、変わった今でも変化しない軸のひとつである。
勿論訓練はする。
時折、遊びのように使うこともある。
だがそれでも、ヤクノジの魔力も魔術は「自分のもの」ではない。
この魔力が多く入る器は、私的なものではないのだ。少なくとも、自分が持つ力に関しては。
守る為の魔力。
守る為の魔法。
守る為の魔術。
自分は、守る為の存在。
それが、軸であり枷だ。
セイの故郷探しのようなものから数日後。ヤクノジはリビングでコーヒーを飲んでいた。
以前はブラックで飲んでいたものだが、今はそこにミルクを足して飲む。大きな変化の中にある、些細な変化のひとつだ。別にブラックで飲めなくなったというわけでもないし、もし今の自分を隠そうとしたのならブラックのまま飲むだろう。
自分の顛末を隠す理由がなかったヤクノジは、些細な変化も隠す気はなかった。
最近、ぼんやりとだが気になったり、思い描くものがある。
それをどう形にしていくか、何が必要か、場合によっては抜け道のようなものも含めて。
まだ言語化さえ出来ないものではあるが、軽く目を閉じて新たな思案に身を任せる。
守ること、守り続けることの難しさを知り過ぎているからこそ。
どう守るか、守り続けられるかを考えていかねばならないのだ。
休憩としてのコーヒーを楽しむ時間は、いつの間にか深い思考の時間となっていた。
その思考を切り離すように、カタカタという音が誰もいないリビングに響く。
「……ん?」
一度か二度聞いた物音の先を確認するために視線を向ければ、リビングの一角に飾られた額縁はまっさらになっており、その代わりに額縁の少女が立っていた。
額縁に収められていた謎の少女、セイだ。
故郷探しをしたが手掛かりはなく、ガーデンのリビングに再び飾られることとなった少女。
その少女に、ヤクノジはにこりと笑いかけた。
「……こんにちは、セイちゃん。元気だった?」
「こんにちは。ヤクノジさん、でしたっけ?はい、元気に過ごしてますよ~!最近は色んな方に魔術を教えているんです!」
「名前覚えててくれたんだ、嬉しいな……」
明るいセイの声に、此方も嬉しくなって表情が緩む。
住んでいた場所が見付からない上に、額縁に取り込まれた彼女が元気そうなだけでも安堵する。
小さくとも背中に羽があるからだろうか、仲間意識に近いものがヤクノジにはあった。
ヤクノジの背にも羽がある。
ブルーグラスのドールの証だ。
安堵したことで、セイの発言が気になった。
というのも。
「魔術を……教えてくれるの?」
セイは魔術を教えてくれるらしい。
見かけで判断するのは良くないが、食事を頬張る姿くらいしか見たことがないので少々侮ってしまいそうになる。
勿論、魔法や魔術の腕前と言動は結びつかないものだが。
彼女の故郷探しの際に一瞬だけ魔術の使用を見たが、どうしても食いしん坊な印象が強かった。
「はい、ヤクノジさんは魔術に興味ありますか?私が教えられるのはシュッてする魔術とビリビリする魔術の2種類です。でもひとつだけしか教えられません。どちらを覚えたいですか〜?」
シュッてする。
ビリビリする。
まさかの擬音で表現されるとは思わず、少しだけ悩んだ。
名前や種類が語られるのではなく、こうした表現をする存在がヤクノジの周りに少ないこともあるだろう。
擬音から想像することは少々難しく、非常に選びにくい。
「興味はあるなあ……2種類かあ……シュッとビリビリ……」
的確なイメージが上手く出てこないが、セイはそうした感覚で捉えるタイプなのかもしれない。
「ビリビリの方を教えてくれるかな?」
「分かりました!では教えますね〜!」
室内で教わるには少々危ない予感がして、寮の外に出る。
外でセイから教わるままに、魔術を起動する。
これは、盾だ。
魔術を行使した瞬間、ヤクノジは感じた。
他の使い方もあるだろうが、ヤクノジはそう感じた。
「はい、これで使えるようになったと思います!」
「ありがとう」
セイから太鼓判を押されたところで、寮のリビングに戻る。
魔力量に恵まれた方であるヤクノジではあるが、それなりに消耗する魔術。
他の魔術や魔法でも魔力消費が激しいものはあるが、これからはより一層使い方のバランスを考えていかなければならないだろう。
「ちゃんと使えるようになれるといいんだけど……いや、折角セイちゃんに教わったんだ。使いこなせるようにならないとね」
「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ!ただ、ビリビリの魔術は自分もビリビリしてしまう場合があるので気を付けて使ってください〜」
「そうなんだ……気を付けるよ。教えてくれてありがとう、お礼が出来たらいいんだけど……今手頃なものがないなあ……」
何かお礼がしたいものの、手近に丁度いいものがない。
セイは何でも美味しそうに食べる印象があり、どんなものでも喜んでくれるかもしれないが。今から手際よく何かを作れるような技量はヤクノジにはまだなく、リビングには誰かの作り置きもなかった。
「何か美味しいものがあれば……」
「そうだなあ……あっ、」
美味しいもの、何かないだろうかと視線を巡らせた瞬間。近くにいたセイの姿が忽然と消えていることに気付いた。
もしやと思い飾られた額縁に目を向けると、セイが絵画に戻っている。
何かしたくても、それをするには時間が短すぎる。
食事ひとつ、世間話ひとつ、ままならない。
なんて、寂しい話。
教わった魔術の知識を脳内で反芻しながら、ヤクノジはコーヒーに口をつけた。
すっかり冷めてしまったそれを啜り、また思考を巡らせる。
例えば、セイのこと。
セイの故郷は見付からなかった。
本当に?
本当にそうだろうか。
自分たちが探したのは、自分たちが知る範囲、自分たちが理解している土地だ。
それには制限があり、それなのに自分たちは制限された範囲でも安易に立ち入れない場所さえある。
この箱庭で探したところで見つからない、だとしたら。
「外……」
色々口に出して考えたいところではあるが、それはぐっと抑える。
口に出したり、目立つ行動をするとロクなことがないのがこの場所だ。
急いで答えを出すものでもない。
そう考えをまとめて、コーヒーを流し込んだ。
「……あ」
ミルクを入れ忘れた。
今の自分にとっては苦いコーヒーを、ヤクノジは思考ごと飲み込んだ。
#ガーデン・ドール
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企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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