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眠ったガーデン、目覚める星【交流企画:ガーデン・ドール】


寝てしまおう、と思った夜に限って寝付けないことがある。
病的な不眠というわけではなく、外からの影響があるというわけでもなく、そういう日というのは出来てしまうものだ。


「……やるかあ」


そういう日は、逆に魔法や魔術の訓練には丁度いい日とも言える。
寝転がっていたベッドから起き出して、ヤクノジは軽く伸びをした。


寝間着からいつものスーツに着替えながら、自分の魔力に意識を向ける。


そこまで大きな魔力消費もなく、身体の状態も魔法や魔術の行使に支障はない。
訓練には最適な状態と言えるだろう。


ヤクノジは魔力量や魔力質に恵まれてはいるが、大雑把な使用は苦手だった。

技量的に出来ないというわけではない。
使わなければならない時には自分の魔力は惜しみなく使う。

自分の魔力を惰性に使うというのが、人格が変わる前も変わった後も好んではいなかった。
それは自分の記憶の影響なのだろうが、どこまでも己の魔力は個人というより大勢に使うためのものという思考が根を張っている。


「実行。灯る、照らす」

最近会得した魔法を使用する。
身体の一部を発光させるそれは問題なく発動し、ヤクノジの羽は夜の闇の中で淡く光る。
以前も同じように使用したことがあるが、両手が空くので便利だ。羽を便利だと思うことになるとは思わなかったが、そういうこともあるらしい。

片手を上げて、光量を上げる。
その手を下げて、光量を下げる。
別に詠唱も必要なく、調整するにしても手の動きは必要ないが、訓練は敢えて基礎からやるものだろう。


「実行。象る、切り取る」

そのまま、次の魔法を行使する。

本を表紙に反射魔法をかけたことで、その表紙は鏡面となり手にした自分の顔を写す。


綻びなく魔法が使用出来ているようなので、今日は本当に訓練向きの夜だったのだろう。


「……もう少しやるかあ……」

少しやれば気分転換となって眠れるかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。


リビングの冷蔵庫から訓練中のおやつを物色する。


補給が必要になるほど大量に魔力を使用する気はないが、減ったままで放置
する気もない。
適当に果物をいくつか手に取ると、それらに縮小魔法をかけて上着のポケットへ入れた。


そのまま寮の外へと出て、手頃な場所を探す。

夜風に目を細め、ふらふらと。


夜のガーデンは好きだ。
ドール達がそれぞれの時間を過ごし、眠りにつく。
また朝に目を覚ますまでの、どこか神聖な雰囲気。
死んで生まれ変わるような、そんな不思議な空気。


そんな特有の心地好さに、柔らかな気持ちになる。

どんなに騒いでも暴れても、眠る場所は必要だ。
これを脅かされないことを、ヤクノジは祈る。


ガーデンの片隅にハンカチを広げ、そこにポケットに入れていた果物の縮小魔法を解いて置いておく。


そこから林檎を一個手に取り、ぽん、と真っ直ぐ上へ放る。
投げる前に浮遊魔法をかけた林檎は落ちることなく中空に留まり、うっかり効果が切れて落ちる前に回収した。

細々と魔法を使っているが、特に怪しい所はない。
なかなかに悪くはないようだ。


「……ん?」

果物を入れてきた方とは逆のポケットを漁ると、かさりと小さな音がした。
なんということはない。ただメモを書いていた紙切れが一枚入っていただけだ。


「……」


その紙をくるりと筒状に丸める。
そしてそのまま片手の甲に当てた。


「実行。過ぎる、認める」


此方も無詠唱で出来るのだが、詠唱をしなければ忘れてしまいそうな気がする。
そんな馬鹿げたことはないだろうが、可能性は極力排除したかった。


紙切れで作った細い筒は、手のひらが隠していた夜空を眼球に届けた。
透視魔法も問題はないらしい。


今日はかなり調子がいい。

次々と魔法を使っていても何一つ問題がない。
どれもが短時間での使用ということで、魔力消費も問題ない。


なので、次の魔法の調子も確認する。


「実行。虚ろ、結ぶ」


詠唱すれば、自分の目の前には自分の幻。
恐らくは寸分違わぬ自分の幻だ。


とはいえ、出したところで何をするわけでもない。

今はただ訓練であり、魔法が淀みなく使えているかどうかの確認さえ出来てしまえばいいのだ。


夜から朝に変わるにはまだまだ時間があり、そしてヤクノジの眠気は帰ってくる様子がない。


「……どうする?」


思わず、出したままの幻に問いかけた。
魔法を解除させて消してしまえばいいのだが、なんとなくそうした気分でもなかった。


ぼうっと、夜空を見上げる。


自分は、かなり平穏な日々を送っている。
せいぜい傷付くのはマギアビースト討伐くらいで、ドールに傷付けられたり、傷付けることもない。

決闘をするドールだって少なくはないのに。

周りが物騒なのか、自分が安穏としているのか。

それは分からない。


「……」


求めるものが、もしかしたらズレているのかもしれない。

ぼんやりと求めるものはあるが、それもそうした争いや殺し合いの先にあるとは思えない。

だからこそ、共感が得られるかも分からないし、他のドールとは違うやり方になるのかもしれない。


「でもなあ……思いついちゃったんだよな……」


平穏を好んだ教育実習生のグロウの顔が過る。

この箱庭で、平穏なんて手に入れられないとはヤクノジも分かっている。

眠れる場所があるから暴れられるのだ。
食べるものに困らないから勝手が出来るのだ。


「……まあ、ドール一人がどうこう出来る話じゃないんだろうけどさ……」


気が付くと、自分の幻は消えていた。


まだ濃い夜の中、ヤクノジはしばし空を眺めていた。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん


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