いびつなかがみ【交流企画:ガーデン・ドール】
あれは、「自分のもしもの姿」だ。
屋上で夜空を見上げながら、ヤクノジは新たに自覚した恐怖と向き合っていた。
恐怖なのだろうか。
狂気なのかもしれない。
まだ、適した単語を決めかねている。
ククツミが願いを叶えた。
「あの日自分に何が起こったのか知りたい」という願いを叶えた。
端末から流れるのは、あまりにも凄惨な映像。
目を背けた方が余程気楽な、嘘であってくれと願うような記録。
その場にいた誰もが、顔を曇らせ、青ざめ、油断すれば喉の奥から出てしまいそうな悲鳴を押し殺して、映像の内容に向き合う中で。
ヤクノジが抱いた恐怖は、少しばかり特殊だった。
この映像に残る×××の姿は、あり得た自分の姿だという恐怖。
己が加害性を孕んでいると突き付けられた、恋情や愛情の危険性をお前は分かっているのかと嘲笑われたような恐怖だった。
映像を観終えた面々の中ですぐに言葉を出せるようになったのは、恐怖の種類が違ったというのが大きい。
この惨状への恐怖というよりも。
己へ突きつけられる恐怖の方が身に迫るもので。
勿論、ククツミと×××の映像そのものにも恐怖を感じる。
しかし自分は何処まで行ってもククツミの友人であり、×××の同期のドールである。それ以下ではないがそれ以上にはなれない。
けれど、端末に映るこの関係性は。
少なくとも、×××の言動は。
自分のもしも、であり。
もしも、ですらない。
こうなる可能性は、ゼロではないのだ。
今後こうなる可能性は、消えないのだ。
恋情を誰かに向けている限り。
愛情を誰かに向けている限り。
全ての恋人は、この光景と紙一重だ。
ヤクノジと×××に近い部分があったのも、一層意識させられてしまう。
同じ頃にガーデンで目覚め、性別も同じで年齢も近いドール。
彼の恋情があらぬ方向に芽吹き育ったというのなら、重なる部分が多い自分にもその種はあり、容易く芽を出すのだ。
ヤクノジはリラにコアをくれないかと願った。
傷付けたくはないが、それ以上にリラのコアが誰かに奪われることが恐ろしかった。
リラをリラたらしめるコアを、誰かに飲まれるのは嫌だった。
リラはその願いを受け入れてくれた。
ヤクノジの我儘を受け入れてくれた。
もしも、リラにそれを拒まれていたら?
コアをくれという我儘を、拒まれていたら?
×××のように、自分が知らない間に恋人が誰かにコアを与えてしまっていたら?
ドールの最も重要なパーツを、自分以外のドールに。
そうなっていたとして、自分は大人しくしていられただろうか。
リラの意思を尊重出来ていただろうか。
恋人のコアは既に誰かのものと知ってしまった時に、冷静でいられるだろうか。
リラを傷付けるような言動を取ることもなく、自分を押し付けることもせずに。
思わず目を伏せる。
それが出来るという自信はなく、
平静でいられるという自信もなかった。
きっと、
きっと自分は。
あの記録映像のように、
あの×××のように。
全く同じことをするわけではなくとも、
怒りや憎しみを持たないという自信はなかった。
思考を休め、目を開ける。
空には星が輝き、月が浮かび。
いつからか、箱庭の月は満ちて欠けて。
あの夜に、箱庭の星は流れるようになった。
全てのものが、変化していく。
それはきっと、ドールの持つ感情も思考も同じ。
『恋や愛が、相手を傷付けないとでも思ってる?』
『愛していれば、好きでいれば全てが許されると思ってる?』
『そんなのは』
『傲慢だよ』
思考の為に作り上げた、仮想の対話相手が脳内でケラケラと笑う。
そうだ。
恋情や愛情は明るいもの、あたたかいだけのものではない。
それを今の自分は知っている。
知っているからこそ、自分の中に身近な恐怖として姿を現したのだ。
それでも。
自分とリラを繋ぐ赤い糸を、切られたくはない。
誰かに任せられる感情ではない。
絡まって身動きが取れなくなった時には、時間をかけて丁寧に解こう。
お互いの息が詰まったりしないように。
赤い糸が邪魔になることがないように。
どんな自分も愛していると告げてくれたリラのために。
人格が変わっても尚、傍にいて笑ってくれるリラの愛情に報いるために。
自分が出来るのは、この恐怖とも狂気とも呼べてしまう感情に向き合うこと。
飼い慣らせはしないこの感情に、向き合い続けること。
「…………覚えておくよ」
今はこの箱庭にいない、記録の中の彼に小さな声でそう告げる。
無自覚だった感情を自意識の下に晒し、同じ轍を踏んではならないと知らしめた同期が纏う水色と灰色を思い出しながら、ヤクノジは自室へと戻っていった。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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