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混ざった色で遊ぶなら~アザミの砂糖漬けを添えて~【交流企画:ガーデン・ドール】


箱庭にマギアビースト、機構魔機構獣が現れてから暫く。


機構魔機構獣が映画館に出現させる様々な敵と戦い、何度も出撃の為にドールは対策本部へと駆け込んでいた。

出てくる相手はどんどん強力なものとなり、強制帰還バッヂが発動する前にドールが気絶させられることもしばしばあった。

それならばまだ良い方で、蘇生奇跡を必要とする程に身体に傷を負うことも珍しくないほどであり、自分の身体が損壊することに対して麻痺するドールもいた。


コアさえ無事なら、死ぬことはない。
それが、ドール達の長所だ。


強制帰還と出撃を繰り返し、寮と対策本部を往復する日々。


バグちゃんと名乗る詐欺AIがフィルム化し、星の観測が出来なくなり、ついには味覚さえも消えた。
購買を一手に引き受けるバグちゃんとの連絡が取れないというのは、包帯などが買えないということになる。ガーデンの機能の幾らかが麻痺しているような状況だ。


物を食べなくとも死なないドールとはいえ、魔力の補充の為には食べなければならない。
普段ならば料理上手なドールもいるので食事情は潤沢ではあるが、食べる側の感覚が消えてしまうとそれも意味がなくなってしまう。

味も分からないのに、食べ物を口に入れるというのは辛いこと。


それでも、魔力のために食べ物を口に入れる。


そして、動けるドール達は対策本部へと向かうのだ。


このままでは、日々というのは平穏どころか色褪せてしまうのではないだろうか。
灰色の憂鬱が、アザミの心を蝕んでいきそうになる。


そんな中、対策本部へと向かうアザミをヤクノジが呼び止めた。


「アザミちゃん、これ託していいかな」


その手には、ヤクノジの所有するマギアレリックがあった。

主にマギアビースト討伐で活躍するものだが、その強すぎる能力から持ち主であるヤクノジはあまりそれを安易に扱うことはない。
同様に他のドールに貸すことも少なく、貸すとすればこうしたマギアビースト戦程度だろう。


「これは……いいんですか?」
「アザミちゃんを信頼してるからね」


その問いかけにヤクノジはこくりと頷く。


「……ありがたくお借りします。事態が事態ですからね。上手く扱えるかは、わかりませんけど」

「僕は出撃のクールタイム中だし……あれ?」


アザミの姿を見て何かに気が付いたらしいヤクノジが、辺りをキョロキョロ見渡したあとでアザミに耳打ちをした。


「ねえねえ、アザミちゃん。もしかしてさあ……」


告げられた内容は、ヤクノジがアザミと同じ立場にいる者故のものだった。

思い返してみれば、アザミが一時期サバイバルをした後のリビングでそれらしい話を聞いていたのだ。
ヤクノジがどういう道を進んでいるのかは不明瞭ではあるものの、「それ」に気付き頼まれたのなら断る理由もなかった。


「……構いませんよ、色々片付いた後……にはなると思いますが」

「そうだね、これが片付かないと何にも楽しめないからねえ」


映画館ではまだまだ機構魔機構獣が「上映」をしている。
とんでもないその「上映」を止めなければ、何も始まらない。



そうして、ドール達の努力により機構魔機構獣が倒されたあとのとある夜。

リビングには約束を果たしにきたアザミと。


「……まあ、ヤクノジさんだけじゃないですよねぇ!」
「ふふふ、勿論!」


ヤクノジだけではなくリラも控えていた。

これでヤクノジだけの方が不自然とも思えるのだから、アザミは己の認識がだいぶ二人に毒されているのを実感した。


こんなにも平和な空気を纏っているが、それでもこの二人はとんでもない選択をした二人でもある。

アザミから見るととてもそうには見えないが、ヤクノジの人格がすっかり変わっているのが証拠のひとつだ。

ところで、以前より一層距離感が近いというか距離感が無い二人を見ると、何も口には入っていないのに甘さを感じるのは何故なのだろう。出来ることなら、いつでも飲めるようにコーヒーを置いていたい。

そう思う理由は分かっているものの、それに対してあれこれ突っつくことはない。そのあと何が待ち受けるか、考えると口から砂糖が溢れてきそうだ。


友の恋愛が破綻しろとは思わないが、恋愛ものを読むなら悲恋が好み。愛とか恋には壁があってなんぼのもんじゃい。そんな趣向を持つアザミであった。


気を取り直して、アザミは二人に問いかける。


「……以前リラさんにはお見せしたことがありますけど、ヤクノジさんも変異魔術と獣化魔術が見たいんですか?」

「うん、前にグリーンの魔法はヒマノくんに見せてもらったことがあるんだ。でも、魔術は見たことなくて」


ヤクノジが出した名前は、なるほどと頷けるものだった。

魔法や魔術に長けたドールの一人でもあるヒマノ・リードバッグ。彼の魔法を見せてもらったというのなら、かなり面白いものを見せてもらったのではないか。


そんな風に考えを遊ばせるアザミに、キラキラとした眼差しが向けられる。
リラの紫と黄色の瞳が、発光魔法も使っていないのに輝いていた。


「またモルモットになったアザミさんを撫でられますか?」
「あれはちょっと……もう勘弁してください」


リラと本について語り合った際の出来事を思い出し、アザミの眉間に皺が寄った。
戦闘で身体が触れる、傷付けられるというのではなく、可愛い可愛いと撫で回されるのは何か別のものが削れていく気がするのだ。


「……あ、ねえねえアザミちゃん。僕ひとつ気になることがあってさ。えーっと……身体の一部を変えるのは変異だっけ」

「そうですね、変異魔術です」

「あれで僕らが鳥の翼に変異する……ってなると、どうなるの?」


ヤクノジの質問に、アザミは自分が変異魔術の訓練を始めた頃のことを思い出した。

僕らというのは恐らく、アザミとヤクノジの共通点のことだろう。
そして、その質問の答えは口で説明するよりも実際に見せた方が早かった。


アザミの腕が、変異する。
羽毛を持ち、羽根を揃えた鳥の翼へと変異する。
大きな翼は、猛禽類。鷹の翼だった。


自分の問いの答えを見たヤクノジは、アザミが予想していた通りに驚いていたようだった。


「あれっ?僕らなら羽があるのに……変わるのは腕なんだ?」


ブルークラスには4枚の薄い羽が背中から生えている。

ドールによって様々な色を持ち、ブルークラスの証とも言える羽。
とはいえ、この羽で飛べるわけではないし、何か出来るわけではないのだが。
一応、着替えなどの時には困らない程度には柔らかくしなやかなので、不便ではないが便利でもない。


「そうなんですよねえ、私も最初は羽が変異すると思っていたんですが、よく考えたら鳥の翼って腕が変化していったものでしょう? だから、それに対応して変化するようです」

「あー……やっぱりそういうことになるのか……」

「私たちが思っている部分とは実際に違う……ということは、いくらか調べてからの方が使い道も考えやすそうですね……」

実際に変異したアザミの腕、腕というよりも翼となったそれの仕上がりをぺたぺたと触りながら、ヤクノジとリラは素直な感想を零した。


「便利だと思ったんだけどなあ」

「そう上手くはいかないってことですね……」

何事も、狙い通り思い通りとはいかないものだ。

ヤクノジは至極残念そうに呟く。アザミもそれに頷いた。
こうして残念がること。それをとうに通り過ぎてしまったアザミには、少し懐かしささえ覚えるものだった。


「あとは……獣化魔術ですね」


変異魔術を解いて、さてどうしようかとアザミは二人に視線を向けた。

獣化魔術に楽しさを見出し様々な動物に変身しているものの、慣れている動物というものはある。アザミの場合、蛇などがそれに当たるのだが。


「可愛い子が見たいです!」


やはり、リラからリクエストが飛んできた。
それは嫌だ、とアザミの顔がしかめっ面になる。


「……蛇じゃだめですか?」
「だめです。チンチラでお願いします」


リラに問えば、曇りの一切ない意思の強い瞳で返されてしまった。
出来ないわけではないが、やはり前回の記憶がちらついてしまう。


「……前みたいに撫で回さないでくださいよ……?」
「ふふ、善処します」


語尾にハートがつきそうなほど満面の笑みで答えるリラに、アザミは咄嗟に自分で自分の身体を抱きしめた。
日頃穏やかな言動ではあるが、こういう時のリラは押しが強い。
そしてアザミは、そんな押しに弱かった。


諦めてアザミは獣化魔術を使用する。
今度は柔らかく灰色の毛に包まれたチンチラだ。
これならば、可愛いものがいいというリラのリクエストに応えられたのではないか。


そう思った瞬間。


「「うわー!かわいい!!」」

(あ”あ”あ”あ”あ”あ”)


アザミは再び撫で回されることとなった。
しかも今回は二人に。

そして、チンチラの特性上……撫でられれば身を差し出してしまいそうになる。


(い”や”あ”あ”あ”あ”あ”)


そうしてアザミはたっぷりと、たっぷりと二人にチンチラ特有の毛並みを堪能されてしまった。


「……はぁ……はぁ……見るだけって言ってましたやん!」


獣化魔術を解いたアザミは開口一番悲鳴のような声を上げた。

見るだけとは言ってない。言ってはいないが言っていいだろう。
ここまで撫で回されるとは予想を超えていた。


「ご、ごめんねアザミちゃん。つい……」
「あら、そんなこと言いましたっけ?」


女の子を撫で回したのだという実感が湧いたのか、慌てて謝るヤクノジとは裏腹に、リラは満足そうだ。心なしか、肌がツヤツヤしている気がする。


「もういっそのことヤクノジさんに獣化魔術覚えてもらって、存分に撫で回せばいいじゃないですか」

「そ、そんな恥ずかしいことヤクノジさんに出来ません……!それに可哀想じゃないですか!」

「…………私は?」

珍獣みたいな扱いされてる? みたいな顔をうかべて、大きく息を吐いたアザミは、ちらりとヤクノジに目を向けた。

まだ獣化魔術を覚えていない彼ではあるが、魔力量も魔力質も潤沢にあるのだし、何よりリラの恋人である。彼がリラの望む動物に獣化してその愛を一身に受けた方が余程いい筈だ。

そう思っての提案であったが、リラははわわと恥じらう。


分からない。周りの目を気にせずというよりも、敢えてそういう場でそう振る舞っているかのような二人の片割れなのに、そういうのはダメなのか。


ちょっとした魔術の勉強会が終わり、コーヒーブレイクの時間となった。

アザミとヤクノジはミルクだけを足したコーヒー。リラは紅茶。
各々好きな飲み物を片手に、気が付けばそれぞれの感想を零していた。


「他のドールが使ってるのも見たことあるけど、動物に対する知識がモノを言うって感じだね」
「そうですね……いろんな生き物の生態まで知っておかないと、魔術に影響するようなので」

ヤクノジとリラは自分たちにとっては未知の魔術を自分なりに理解しようとするもの。

「シキさんに何十冊もの動物に関する本を丸暗記しろって言われたのが、こんなところで生きるとは思ってもみなかったですよ……」

アザミは、過去を思い出し今ここで役立つことになるとは、というようなもの。


そのあと。

撫で回してしまったお詫びに、と二人が作ったトマトパスタをご馳走になりながら、アザミは何とはなしにヤクノジとリラに視線を向けた。


この二人もガーデンのことについてそれなりに知っているはずだが、纏う雰囲気はそうしたものからほど遠い。

けれどマギアビーストの討伐にも積極的で、戦いを躊躇するというわけでもない。


知っていても尚、穏やかな方を選ぶということだろうか。
求めるものの為に全力で走るというわけではなく。

どちらかというと、走り切ったあとの帰る場所のような。
平穏の具現とでもいうべきか。


それもそれで悪くない。

遠ざかりがちな日常を、守ってくれるドールがいるなら。

自分は遠慮なく、好きに動けるというものだ。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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