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ヤクノジ、本部さんに尋ね事の巻【交流企画:ガーデン・ドール】


センセーに問い、新任の教師AIアルゴに問い、それでも明確な答えを得られないまま、ヤクノジは対策本部へと向かった。

正式には魔機構獣対策本部。

マギアビースト討伐の為の武器の貸し出しや、仮想戦闘の対応などを担うこの場所が、恐らくヤクノジに与えられた報酬の答えになる。


普段はマギアビースト出現の際に数人のドールと共に駆け込む場所なので、こうして何事もないタイミングで訪れたことはない。


仮想体-Aと書かれた板を片手に、扉の前で深呼吸する。
どうしても緊張してしまうのだ、今回は有事でもなくただただ自分の為だからこそ。


「……なんか緊張するなあ、こういうこと今までないし……」

「たくさんあっても困っちゃいますけどね……ちょっとそわそわしますね」


ヤクノジと共に対策本部へ訪れたリラも、何処か落ち着かない表情だった。


そうだね、とヤクノジは隣のリラににこりと笑いかける。
緊張しているのは恋人であるリラも同じとなれば、変に強がるのも違う気がした。


「本部さんすみません、相談したいことがあって来ました」

扉をノックすればゆっくりと開き、地下へと続く階段が現れる。


「お邪魔しまーす……」
リラの手をしっかり握って、階段を下りていく。
やはりいつもと違うからか、どうしても身体に無駄な力が入ってしまいそうだ。


ドアの前まで階段を下りれば、改めてノックをする。


「……居ないのかな?本部さーん」
「静か…ですね…?」


マギアビースト出現時のような騒がしさもないからか、対策本部はしんと静まりかえっていた。
その感覚はヤクノジにぴったりとくっついているリラにもあるようで、二人は顔を見合わせた。


「まあ、少し待てば開くことが多いし……待ってようよ」

ヤクノジも閉所は得意ではないが、リラもこうした場所はあまり得意ではないらしい。
せめて緊張感を和らげようと戯れにリラに凭れてみれば、少しの物音の後にドアがゆっくりと開いた。


「……あ、……本部さん、いますか?」

改めて呼びかける。
対策本部には、彼がいる筈だ。


「なんだ、学生共か、どうかしたのかい?」

出てきたのは、ドールよりも長身で仮面を着けた人物。
本部だ。
対策本部で武器の管理を行い、仮想戦闘を行う際には様々な処理をする未だ謎の多い存在である。


「あ、本部さん。ちょっと相談したいことがあって。……これなんですけど」


ヤクノジは本部に頭を下げて、今日一日尋ねまわる切っ掛けになった小さな板を見せた。


「?」

「?……あ、えーっと…仮想体みたいなんですよ、これ。僕もよく分かってないから、本部さんに聞きにきたんです」

「そうなのか、わかった。掛けて待っていてくれ」


流石に見ただけでは分かりにくかったかとヤクノジが追加で説明をすれば、本部が椅子へと二人を促す。
ヤクノジとリラが椅子に座る一方で、本部は武器庫らしい部屋へと向かった。


暫しして、本部は何やら箱状のものとゴーグルを手にして戻ってくる。
ことん、と机の上に置かれたそれを見て、ヤクノジは首を傾げた。


「……本部さん?」

「僕は何をどうすればいい?」


マギアビースト討伐や仮想戦闘以外で対策本部に来ることも、ましてや本部と話す機会のなかったヤクノジは少しばかり思考を巡らせた。


「え、えーっと……この仮想体?仮想体-Aっていうらしいんですけど、本部さんは何か知りませんか?」


恐らく、ヤクノジの思考の性質と本部のそれは真逆といってもいいのだろう。
こうしたことを上手く考えられる方ではないが、出来る限りのことはしなければ。


「前に同じようなものを渡された記憶はある」

「前……それは、このガーデンのドールから渡されたんですか?」

「そうだ」


「前に、そのドールから受け取った時は、本部さんはどうされたんですか?」
ヤクノジと本部の平行線に気が付いたのか、話を見守るようにして聞いていたリラが口を開いた。


「説明書に基づいて導入した」

「じゃあ、これもその時と同じく導入できますか?」

リラの助け舟に安堵しつつ、少しばかり予想外の単語にヤクノジは目を丸くした。
説明書ってあるんだ、こういうものに。


「おそらく可能だ」

「お、お願いします……」

その板を渡せとばかりに手を出す本部に、慌て気味にヤクノジは仮想体と書かれた小さな板を乗せた。

作業に移る本部の手元を何とはなしに眺めて、ヤクノジはふと問いかけた。


「本部さんは仮想体をこうやって導入するのも役割なんですか?」

「?そうなのか」

「えっ???」

カチョカチョと何やら操作する本部からの問いが問いのまま返ってくるとは思わず、ヤクノジは素っ頓狂な声を上げる。


「……えー、そういう役割とか仕事じゃないなら……なんかまるで、知識と技術があれば僕らでも出来る、みたいな感じじゃないですか……」

困惑から抜けきれず、思わず妙な言葉が零れてしまう。
本部の役割、仕事ではないのなら。
自分たちでもどうにか出来てしまう可能性が、ある。

手元は澱んではいるが作業を続けつつ、不思議そうな反応を見せる本部に対し、ヤクノジの心は僅かにざわついた。


謎を解きたい、知識を得たいというわけではない。
力を得たいというわけでもない。
ただ、危険を避ける手立てが増やせるかもしれないとなれば。
自分たちでどうにか出来る物事が増えるのならば。


そんなざわつきを押さえて、ヤクノジは本部に更に問いかけようと口を開いた。


「本部さんは……説明書があるから仮想体を実装できるってことでしょう?説明書って見てもいいですか???」

「必要ない、終わったよ」

その淡々とした返答に肩を落とした瞬間だった。



『親愛なるドールたち、鍵は全部開かれたヨ。好きに挑戦したらいい、【仮想隊】にサ』



頭の中で、声が響いた。
何処か軽さを感じさせる、独特な声が。


「!?ふえ!?!?」
ヤクノジは間抜けな声を上げ。

「えっ……?!」
同じく声が聞こえたらしいリラも、驚いた顔をした。


「鍵?鍵って何……?」


「?どうかしたのかい?」

混乱するヤクノジとリラに対して、本部はいつも通りだ。


「本部さんには、『親愛なるドールたち』って声聞こえませんでした?」

「そんなことを言ったのか?」

「言ったっていうか、聞こえたっていうか。……僕が持ってきたのは実装されたんですよね」

恐らく、鍵というのはそのことだ。
自分が持ってきた、仮想体と書かれた板。
あれが鍵ではないのなら何なのか。


「そうなのか?」
それでも、本部は変わらない。


「普段、仮想戦闘の設定してもらってる時って本部さんどうやってるんですか……」

「説明を見てやっているがそれがどうかしたのかい?」

今度こそ、ヤクノジは脱力した。
ただでさえイレギュラーな出来事に混乱しているのに、それ以上のイレギュラーが起こってしまえばお手上げだ。


「えぇと、とりあえず……仮想戦闘ができることに変わりはないんですよね……?」

「意外とそういうマニュアルだったんだ……。どうしよう、これ僕らが抱えていい情報じゃないよね……」

ある程度立ち直ってきたリラと、まだ衝撃を引き摺っているヤクノジ。
元より仮想戦闘もするつもりだったので、出来るのならばやっておきたい。


「可能だ、何が必要だ?」

「えーっと、今回僕が持ってきた仮想体と戦いたいなと思ってて。……僕は剣と、速度バッヂをお願いします」

「私もヤクノジさんと同じく、です。……私は、剣と身体強化でお願いします」

仮想戦闘対応で見慣れた本部の雰囲気に戻ったのを感じ、少し安堵する。
持ち込みたいものを考えながら、本部に用意してもらわねばならないものを頼む。
仮想とはいえ、戦闘は戦闘。
やれることはやらねば。

「……リラちゃん、がんばろう」

「なるほど!……がんばりましょう!」

顔を見合わせ、にこっと笑い合ってからゴーグルをかける。
仮想戦闘の幕が上がった。



今日実装された仮想体-Aは、「揺るぎない盾」というべきものだった。


守るということ、守護することはどういうことかを体現したようなものだった。

その守りを突破出来ず、ヤクノジもリラも蹴り飛ばされる。
設定された仮初めの体力が尽きたことで、戦闘終了のアナウンスが耳に届いた。



「ぅぉぉ……なんか、疲れた気がしますね……」
「はあ……仮想でよかったよ、リラちゃんが無事でよかった……」

ゴーグルを外し、リラとヤクノジはほぼ同時に息を吐いた。
安堵の息。
お互いが無事であることを確認しての、安堵のものだった。


「お疲れ様、片付けてくるよ」
武器や道具の回収をしてくれる本部を手伝いたいところではあるが、彼はあまりそうしたものをドールには任せないし、任せられないものらしいというのが分かるので、あれこれと手出しは出来ない。

仮想とはいえ、何となく身体に残る衝撃を逃がすようにヤクノジは軽く伸びをする。


「……次挑むときは、もうちょっと色々考えてみてもいいかもですね!」
仮想戦闘をしたことで混乱が和らいだのか、負けてもリラの表情は明るい。
ヤクノジは、リラのこうした面に救われているのだと最近になって自覚した。


ふと、机の上に置かれたままの板に視線が向いた。

自分が報酬として与えられた板である。

恐らくもうこの板に何かしらの意味はないのだろう。

それでも。


片付けを進める本部の背中に、ヤクノジは声をかけた。


「有難うございました、本部さん。……えーっと、今日持ってきたあの板って、僕が持ってても大丈夫ですか?」

「構わないよ」

「有難うございます、じゃあ……これは僕が持って帰ります」

「気を付けて帰ってくれ」


本部の声から感情はほとんど読み取れない。
そもそも、ヤクノジは今までに彼から感情らしい感情を感じたことがない。
それでも彼に不信の目を向ける気が起きないのは、こうして帰り際になると欠かさず声をかけてくれるからだ。
それが彼の無意識であったとしても。
寧ろ無意識であればこそ。
それが嬉しい。


「うん、ありがとう本部さん。……リラちゃん、帰ろうか」
「ありがとうございました。……帰りましょうか」


リラの手をきゅっと握れば、リラからも握り返される。
今日は何度、傍らに居てくれるリラに助けられているか。
数えなくとも、そう思えることが幸せなのだと思う。


ああ、こんなにも、心があたたかだ。


対策本部から寮へ戻る短い間、ヤクノジはまた思案する。

仮想隊。

鍵。

一体他には誰が、この板を与えられたのか。

説明書で導入できるようなシステム。

ドールに出来ること、出来ないこと。

情報だけでは少々足りない。

可能か不可能かだけでは足りない。

もう一歩先のこと。

それを、探さないと。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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