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紅白もしくは白黒の。【交流企画:ガーデン・ドール】


グロウのお別れ会が終わったあと、ヤクノジは真っ直ぐ自室に戻った。
ドアを閉めて、大きくゆっくり息を吐く。
そのまま、ずるずると座り込んだ。


ガーデンにいる生徒のメンタルケアを目的としてやってきた、教育実習生のグロウ。
実習生という名の通り、彼のガーデン滞在期間は限られていた。


生徒と関わることで感情を覚えていくという彼は、様々なドールとの交流を経て変化したのではないかとヤクノジは感じている。
とはいえその期間に自分も大きく変わってしまっているので、はっきりとしたことは言えないが。
そして、様々なことも知ってしまったので何をどう感じていいのかも最早分からないのだが。


「知らない方が、とも言えないんだよなあ……」


知って嬉しいことなど何一つない。
グロウのことも、他のことも。
何一つ。何一つ。
けれど、歩んでいけば否応なしに知ることになる。
今のヤクノジがいるのは、そういう道であり、そういう位置だった。


何かを知りたいと強く思ってここまで行動してきたわけではないヤクノジには、少々肩の荷が重い物事がガーデンには多い。
それでも、それに対して恨み言を抱いたりはしないのだが。
辿った道と選択に後悔はない。
知識を追い求めての旅路ではないけれど、愛で満たされた自分の選択をヤクノジは誇っていた。


床に腰を下ろすと、春先にワンズの森で拾ったモルモットが近寄ってくる。
のりまきという名前も、思えばグロウと名付けたものだ。

「のりまき」

顔を上げて名を呼ぶと、此方に身体を預けるようにしてモルモットが寝転がる。
それに小さく笑みを浮かべてから、また深呼吸をした。


やはり、グロウのことは考えてしまう。


彼が往くのは、目出度い紅白の幕の先か、陰鬱な白黒の幕の先か。


そんなこと、分かりきったことじゃないか。

このガーデンがどんな場所か、自分はもう分かっている。


優しくはない。
寧ろ真逆だ。
残酷で不安定な世界。


ひとつ間違えれば壊されてしまいそうな箱庭。
穏やかな未来なんて、彼にも自分たちにも、あるわけがない。


それでも、それでもと何事もない日々を良しとしたグロウに近いものを感じた。
自分と同じくささやかな日常を慈しむ存在に、親近感を抱いた。
それでも、この場所はそのままでいさせてはくれないのだ。


自分たちに行き場が見付からないように、恐らくグロウにも行き止まりしかない。

いや、行き止まりならまだいい方だ。


自分の記憶ではないけれど、「俺」の持つ記憶の中には行き止まりよりも辛い結果があった。

偽神魔機構獣アルストロメリア。

せめて、そんな未来がないことを願うしかない。


顔を覆いしばらく思考を放棄した後、ゆっくりと立ち上がったヤクノジはもういつもの顔をしていた。


そもそもの感情の上下が大きい方でもなく、感情と行動を分ける癖がついていることもあるからか、表情にも身体の動きにも淀みはなかった。

心の中に根を張る重い感情はそのままではあるが。
慣れない激情の中に放り込まれてはいるが。

プラスであれマイナスであれ、感情というものを無意識に「それはそれとして」と閉じ込めたがるのがヤクノジだった。


毎日のルーチンに組み込まれたモルモットのケージの掃除を始め、それも終わった頃。


「ヤクノジさん、グロウです」

ドアがノックされた。


「……、今開けます」

瞬間弾けてしまいそうな感情から目を背け、ドアを開ける。



「今日はお別れ会まで、ありがとうございました。皆さんのこれからを見守ることが出来ないのが残念ですが……本当に、嬉しかったです」
「皆が頑張って準備してましたからね。僕は大したこと何もしてなくて」


にこにこといつもと同じ穏やかな笑みを浮かべているグロウを見て、ヤクノジは自分もきちんと普段通りの表情だろうかと少しばかり不安になった。

賑やかに、あたたかく終わったグロウのお別れ会を思えば、自分の知っていることを口に出してしまうのは違うだろう。

だからこそ、今自分がすべきなのはいつも通りにいることだ。
油断をすれば出てしまいそうな感情を押し殺して、微笑む。


「皆さんに渡しているんですが、ヤクノジさんにもこれを」
そう言ってグロウは白い折り鶴をひとつヤクノジの手に乗せた。


「これは?」

「これは、まあちょっとした記念というか……私からのプレゼントです。鶴って平和の象徴らしいので、皆さんの平和が続くようにという意味をこめてます。ヤクノジさんは内剛外柔という言葉がぴったりな生徒だと思ってます。リラさんとは、その、恋仲ということで……支え合う相手がいるから、これからも大丈夫だと信じています」

「あ……ありがとうございます」


手のひらの折り鶴とグロウの顔を交互に見ながら、ヤクノジは緩く表情を綻ばせた。
リラとの関係を誰にも隠してはいないし、寧ろ自分からも言っているが、改めて言葉にされてしまうと面映ゆいものだ。


そうしていると、グロウがもうひとつ差し出してきた。
見慣れた淡いピンク色に首を傾げると、グロウがにこりと微笑む。


「もし良ければ、私のネクタイを貰ってくれませんか。お守り、なんてたいそうなものにはならないですが……キミの傍に置いてもらえたら嬉しいです」

「いいんですか?」


それは、グロウが常に身に着けているネクタイだった。
同じものを複数持っているのだろう、グロウの首にはいつも通りネクタイがある。


「ヤクノジさんは私と同じ、スーツを着ていますし。だから使って欲しいというわけではないんですが……」

「……実は制服以外の服を着たいと思った時、グロウ先生のスーツを思い出したのがきっかけだったんです。それで、グロウ先生に相談しようと思って」

「そういえば、仕立て屋さんに行く時に言っていましたね。スーツの手入れは慣れましたか?」

「やっぱり制服と違うから、ちょっと慣れないことが多いです。でも、自分で選んだ服だし」


そんなことを話しながらグロウの手から淡いピンク色のネクタイを受け取ったヤクノジは、自分の胸元に軽く当てる。


「……似合いそうですか?」

「いつもの色とはまた違って、素敵だと思いますよ」

「それなら良かった。……グロウ先生みたいになれたらいいんですけど」

「ヤクノジさんがですか?」

「うん。色々起きるガーデンですけど……平穏を願うくらい、許されるでしょう?だから、そういう存在でいられたらって」

「そうですね、私も何か出来たというわけではないんですけど……ヤクノジさんのその思いは、悪いものではないと思います。そうなってくれたら、嬉しいです」


内側の感情はどうあれ。ヤクノジの口から零れる言葉は、とても凪いでいた。

グロウがやって来る前もやって来た後も、ガーデンでは様々なことが起きていた。
その多くは、様々なドールの心に影を落とすものである。笑い合える出来事もあったが、比率としては影となるものが大きい。


そんな中で、せめて穏やかな時間を望む存在でありたかった。
グロウと同じように、そういう存在がいたっていい筈だ。
一線を超えてしまった自分が望んでいいものではないかもしれないけれど、願うくらいは。


「では、私はそろそろ」

「生徒全員に回ってるんですか?それじゃあ、早く行ってあげないと。……また会いましょうグロウ先生、待ってます」

「ええ。ヤクノジさんも、それまでお元気で」

分かりやすい別れの言葉を避けるように、グロウとヤクノジが言葉を交わす。


そしてヤクノジは嘘をついた。
願いのような嘘をついた。


叶わないだろうと半ば確信しているからこその、あたたかい、純度の高い願いだった。


では、と片手を上げてから次の生徒の部屋に向かうグロウの背中を見送り、ヤクノジはゆっくりとドアを閉める。


暗いグレーのスーツの背中。
恐らくもう二度と目にすることのない背中。


彼の終わりは、どうなるのだろうか。
自分の終わりは、どうなるのだろうか。


ふとそんなことを考えてしまう。

あれこれと知りたいことがあるわけではないヤクノジにとって、時にガーデンについての情報量は息が詰まる程の重さとなる。
だからといって全てを投げ出すつもりはないが、未だ身体に馴染んでいないような感覚さえある自分の心はひび割れてしまいそうだ。


空中分解。
そうならないように心を繋ぎ止めている。
それでも。
これが葬送だと分かっている己には、どうにもならない現状と感情が止まぬ雨として降りしきる。


言わぬ罪として、言わぬ罰として。
ヤクノジの内面を浸食していく。


言わぬが花の、花を握り潰して。
ぶち撒けてしまいたい衝動を、葬り去って。


それでもどうか、いつか、何処かで。
そんな願いは星屑よりもありふれて、有り得ないものでも。


懺悔したくとも、改めた先が無い自分たちの罪は何処へも行けずに降り積もる、降りしきる。

そうして、ヤクノジの身体と心に根を張っていく。

言わぬが花と握り潰した花が、ヤクノジの心に咲いていく。


「……難しいな」

絞り出す小さな声は、静かな部屋にじんわりと滲んで、消えた。




#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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