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リプレイした初めまして。【交流企画:ガーデン・ドール】


「たくさん茹でちゃいましょう~!」
「あ、リラちゃん。ちょっと皮をもらっていいかな?のりまきのおやつにしたいんだ」


6月24日の夜。
リビングではリラとヤクノジが大量のとうもろこしを茹でていた。


旬の食べ物の話から、夜食にでもと茹で始めたとうもろこし。
皮はモルモットが好むらしいと本で読んだヤクノジはペットのおやつ用にと皮を拝借し、リラも袋に数枚の皮を入れていく。


煌煌魔機構獣の討伐から一週間が過ぎ、戻ってきた平穏を確かめるように日々を過ごす。
またすぐにかき消えてしまうものだとしても、心に傷を負ったヤクノジにとっては必要な時間だった。


「……あ、良い香りがする」


聞こえた声に、ヤクノジは顔を上げた。

ヤクノジともリラとも交流のあるドール、ククツミの声である。

緑色の上着に袴のようなボトムを着用したククツミは、バンクを肩に乗せていた。


「……あ、ククツミちゃんだ!新しい服?おしゃれだねえ」


以前の柔らかな雰囲気の服装も似合っていたが、新しい服も似合う。
にこりと笑って感想を口に出せば、ククツミは首を傾げた。


「………………ヤクノジ、くん?」
「ん?」


奇妙な間にヤクノジが首を傾げれば、とうもろこしを茹でる作業に夢中のリラも顔を上げた。


「あら、ククツミちゃん、こんばんは!」
「……えっと……リラくんも、こんばんは」
「新しい服ですね~!いいですね、ちょっとかっこいいです」


言葉を探すようなククツミは、暫ししてひとつ呟いた。


「……そっか。……ククツミちゃん、だったんだな」


「……ククツミちゃん?」


ヤクノジはその声音に少し首を傾げ。

「……リラくん?」

耳慣れない呼び方にリラとククツミを交互に見て。

「……僕のこと、ヤクノジくんって……」


ヤクノジはやっと、少しずつ状況を把握していく。


「……ククツミさん、って呼ばれていたほう……で、伝わるかな」



そう言って、少しばかり寂しそうに笑うククツミ。
告げられた言葉の意味を理解するには、少しばかり時間がかかった。



「え?え???えぇ???????」


衝撃が声に出たのはリラだった。


「く、???え???????……く、くくつみ、さん……?????????」


ヤクノジより前からガーデンにいたリラとククツミには、ヤクノジ以上の関わりがあるのだろう。
混乱は顔にも声にも出て、頭には疑問符が沢山浮いているようだった。


「……えーっと……はじめまし、て……?」


対してヤクノジは、混乱出来る程の記憶がない。
自分の人格が変わった時、ククツミの人格はもう変わっていた。
以前の自分ならこのククツミをよく知っているのだろうが、今の自分では初対面という感覚が強い。


「……久しぶり、リラくん。ヤクノジ、くんとは……そうだね、初めましてかな」


ヤクノジに合わせてか、それとも同じ気持ちなのか。
ククツミも初めましてと言う。


「……記録だけだと、実感がないよね」
「……記録はね、あるんだよ。でも記憶としてはね、うん」


そんなククツミにヤクノジは困ったような笑顔を向けた。

今までの自分が全てを持って何処かへ去ってしまったような、寂しさ。
自分の体験や感情の伴わない記録しか、自分の手元に残されていないような寂しさだ。


そんな行き場のない感情を共有していれば、リラの手元からとうもろこしが落ちた。
慌ててそれをヤクノジが捕まえるが、リラはぽかんとククツミを見つめたままだ。


「く、ククツミ、さん……なんで…………?ククツミちゃんは……」

くしゃりとリラの顔が歪み、大きな瞳から涙が零れ始める。

「く、ククツミさんは、……ほんとに、ククツミ、さん、ですか?私の、私たちの……知ってる…………、……一緒に、花火を見た、ほうの」


リラとヤクノジの視線を受けて、ククツミが困ったように眉を下げた。


「そうだねぇ、どうやって証明すればいいかな」

「……ふたりも、あの日のことは見てたんだよね。……あれでも。……それでも、好きだった、んだってさ」

「……だから、ククツミちゃんは。終わりを選んだ、ってさ」


終わりを選んだ。
その言葉に、二人は顔を見合わせてから口を開く。


「……なら、レオは…………、……レオも、選択したんですね…………」
「……終わり……じゃあ、えっと……レオくんは……?」


少し遠くを見るように、ククツミがヤクノジに応えた。


「……レオくんは、部屋にいるんじゃないかな」
「……部屋に……」


レオというドールに対して恋人の兄弟のような存在として見ていることもあり、不思議な親しみを持っているヤクノジはふっと顔に心配を滲ませた。
リラも呟くような言葉の中に、複雑な色が垣間見える。


「……ヒーローとして演劇部室に来てくれたリラくんは、格好良かったな。……これだけじゃ、証明にならないかな」
「…………ほんとに、ククツミさんなんですね……」


ククツミのその一言がリラへの証明になったようで、リラの顔色が変わった。
そして、とうもろこしを茹でていた鍋の火を止めて、よろよろとリラがククツミに近付く。
その後ろを気遣うようにヤクノジが追った。
今のリラの足元は少々危なっかしい。


「……ただいま、リラくん」

「ぅ……ぉ、かえ、おかぇり、なさいっっ!!」


ただいま。
その一言を聞いたリラがククツミに抱きついた。
ぶわりとリラの両目から大粒の涙が溢れ、止まる気配はない。


きっと、ヤクノジというドールが知らない、ククツミとリラとの絆があるのだろう。
それは自分が変に関わっていいものではない、二人にとって大切なもので。


少し落ち着いたリラがククツミから離れれば、再びククツミが言葉を紡ぐ。


「……本来であれば、私(わたし)じゃなくて……別の人格のククツミが居るはずだったんだ」

「……きっと、ふたりはその私でも歓迎してくれたと思うけれど……」


「……レオくんが、無茶して。……こうなったんだって」

「だから、これが現実だよ」


少し寂しそうな笑顔を見せるククツミに、ヤクノジもそこに含まれた理由を察してしまう。
そして、それが簡単な話ではないことも。


「無茶……そうだよね、その……新しいククツミちゃんじゃなくて、前のククツミちゃんに戻すわけだから……」

「……その選択肢があるのを、レオは自身で知っていますから……、たとえ、また違う代償があれどあの子はこの選択を選んだと思います。……私たちもまた、どんなククツミさんでも歓迎しますよ」

リラも同じように、選択の難しさを知っている。
だからこそ、咎めるのではなく穏やかに受け入れようとしているようだった。


「……ありがとね」


ククツミが二人をぎゅっと抱きしめる。
儚げな見た目ではあっても、芯のある強さで。


「…………選択、か……」

そして呟くのは、誰しもに度々突きつけられるもの。
選ぶこと、選ばないこと、そこから生まれる結果は多々あれど、必ず突きつけられるものだ。


「……とりあえず、今はみんな休憩の時間が良いんじゃないかな。……色々あっただろうから」


二人から身体を離したククツミが、穏やかな声で言う。
同じ声ではあるが、口調や声のトーンはつい先日までのククツミのものではない。
それにヤクノジはまだ慣れないのだが、きっとそれはククツミも同じことだろう。


休憩の時間。
それはヤクノジにも必要なものだった。
煌煌魔機構獣の討伐で心についた傷は早々に癒えてはくれず、じくじくと未だに心を蝕む。


茹でていたとうもろこしでも食べようと話すリラとククツミ、早速とうもろこしに噛り付きそうなバンクを眺めつつ、ヤクノジが口を開いた。


「……ねえ、このとうもろこし……レオくんに持って行ってもいい?部屋にいるなら、なんだけど……」

やはり、レオのことが気掛かりだった。
自分にとって奇妙な親しみを持つドールであり、年齢や性別など共通点も多いからか放っておけないという気持ちが、ヤクノジの中で大きくなる。


「……そうしてもらえたら嬉しいかな。……私(わたし)が、ほら、居たらさ。……ちょっと、しんどいだろうから」

ククツミは自分とレオとの関係にあるものを察したような顔で、


「ぜひ、持って行ってあげてください。……私が行っても、たぶん強がっちゃいそうではあるので」

リラは、レオのことなどお見通しだと言わんばかりに。


「……僕が行っても、強がりそうな気はするけど……うん、ちょっと行ってこようかな」

正直、ヤクノジも好かれているんだか嫌われているんだか未だ分からない。
余計なお世話だと言われる可能性の方が大きい気さえする。
それでも。


「その……ちょっと行ってくるね。ククツミちゃんとも色々話したいことあるけど……」

茹でて冷ましていたとうもろこしを数本袋に入れて、リビングを出る。
すぐに忘れ物をしたように引き返し、一度リラをしっかりと抱きしめて。


「レオのこと、よろしくお願いしますね」

リラからも抱きしめ返され、告げられた言葉にひとつ頷いて。
今度こそ、リビングから出た。



リビングを出て、ヤクノジはレオの部屋の前に立っていた。
片手に茹でたとうもろこしが入った袋を提げ、少し聞き耳を立ててみるもかすかな音すらしない。

ドアノブを捻ると開いた部屋は暗く、何がどうなっているのかは見えなかった。


「……レオくん、いる……?」

部屋の明かりをつけると、レオがベッドに横になっていた。
自発的に寝ているというよりは、どことなく他者に寝かされているように見える。


それでも、そこにレオがいることに安堵して、ヤクノジはベッドの傍らに歩み寄った。


明かりに照らされたレオの顔には、新しい傷跡だけではなく疲労がありありと浮かんでいる。
目元にも大きな傷が見え、その痛ましさに胸が痛んだ。


目を覚ます気配のないレオのベッドサイドにとうもろこしを置いて、ぽつりと呟く。


「……レオくんが、ククツミちゃんを戻したのを聞いたよ。無茶するなあ……。ククツミちゃんのままなら……、っていうのはダメだったんだろうね。レオくんがそうしたってことはさ」


「終わりを選んだ、だもんね……ククツミちゃんは。……よくやるよなあレオくんは、絶対苦しくて嫌な筈なのに。僕には出来ないよ」


そんなことを一方的に語りながら、レオの頭を撫でる。


「……元気になって、戻ってきてね」


どうか、この強い覚悟と共に生きるドールに、穏やかな時間を。

誰かが与えてくれないのなら、自分が与えるまでだけれど。


「……」


表情ひとつ変わらないレオの寝顔を眺め、部屋を出ようとして……足を止めた。

レオは暫く起きてくる様子がない。
そうなると、とうもろこしの状態は悪くなるのではないか。
冷蔵庫に入れてもいいのだが、目が覚めたレオがリビングまで下りて行くのは億劫だろう。


「…………実行。欠けぬ、増えぬ」


茹でたとうもろこしに、つい先日覚えた魔術を使用する。
一先ず、朝になるまで保存出来ればいいだろう。
長時間の保存も可能ではあるが、その分魔力を消費してしまうので様子見の魔術だ。


変化したり、戻ったり。
消えたり、壊れたり。


箱庭では様々なことが起きる。
ドールが願っても、願わなくても。


そんな中で、少しでも穏やかに眠れる夜があればいい。

そんな時間を、守れる力になれるのなら、それがいい。


恋仲のドールとどこか似た彼の寝姿を見て、穏やかな決意をまた新たに。
ヤクノジは今度こそ部屋を出た。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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