見出し画像

それでも騙ることはなく、それでも騙すことはなく。【交流企画:ガーデン・ドール】


一人になりたい夜には、気配が多すぎる。


夜を楽しむドールも少なくないガーデンは、騒々しいというわけではないがそれなりに会話やドールの行き来がある。

ヤクノジもそんなドールの一人であり、マギアビースト討伐や仮想戦闘に向かう夜というのも気が付けば増えていた。
増えた、というよりも積み重ねるとそうなった、という方が正しいのかもしれないが、騒動の尽きないガーデンは「沈黙」というものとは少しばかり遠い。


(それが嫌だとか、そういうことじゃないけど)


ガーデンの、というよりはガーデンのドールから生まれるそうした賑わいを、ヤクノジは愛おしいと思っている。

皆、笑っていられないような事情を抱えていたとしても。笑顔の裏に悲鳴を隠していたとしても。それでも、それでもとヤクノジは思わずにはいられない。


それはそれとして。

己の抱える荷を解くには、ガーデンは温かすぎる。

気温が、という意味ではなく。心が感じる温度という意味だ。


様々な気配から逃れるように夜の闇を歩けば、いつの間にか海まで来てしまっていた。


「うわ、ぼーっとしてた……」


頭の中を巡る思考を好きにさせ、身体の動くまま歩こうとは思っていたが、意識が浮上した瞬間に海を見るとはヤクノジも想定外だった。

これはガーデンに帰る時も気を付けねば。


波が引いては寄せる岩場に腰を下ろし、夜空を見上げる。


端末からの通知で知らされた、月に一度の流れ星が観測出来る日。
そういえば今日はその日だ。


初めて夜空に星が流れた夜は、恐らく、ほぼ確実に、自分が壊したくないものを壊した日。
巻き戻せない、取り戻せない、そういう夜。


自分があの夜、止めを刺した相手が何だったのか。

ただのマギアビーストで、ただの化け物だったのか。

ただの、埋没していく夜だったのか。


散らばった断片を、状況を繋ぎ合わせてしまえば、浮かび上がってしまうものがある。

幸か不幸か答え合わせの術が無いことで、全てを先送りにしているだけだ。


(やめよう、これ以上考えるのは)


「実行。重ねる、広がる」


頭を軽く振って、指先で自分の喉をトントンと叩く。
ひとつ息を吸ってから紡いだ音は、自分の声ではない。

変声魔法で模写したピアノの音色で、学園祭で耳にした楽曲をたどたどしくなぞる。
あの日一度耳にしたものではあったが、しっかりと耳に残るメロディーは口ずさみたくなるものだ。


今度は、スーツの上着にいつも忍ばせている懐中時計を手に取った。


金色の懐中時計。

それは、同期のドールだったシキが消えた時に残されていたものだ。


「……実行。離れ、眠る」



変声魔法は解除され、録音魔法が発動する。

いざ録音するとなると、それに適した音色も言葉も案外出て来ない。元々グリーンの魔法に縁の遠かったこともあり、こうして何かしら試す機会が訪れても使い方に迷ってしまう。


ため息と共に、一言だけ録音する。


「    、       、             」


音が流れるのは10分後。

それまでの時間を、己の荷を一時的に下ろす時間として消費することにした。


両手で顔を覆い、詠唱を口に出す。


「実行。再び、仮初め」


変装魔法。
自分の姿を他の者に変えてしまう魔法。


魔法のかかり具合を確認する為に、懐中時計に映りこんだ自分の姿を確認する。


ヤクノジの顔は、教育実習生のグロウのものに変化していた。
変装魔法は成功したらしい。

服装のスーツも相俟って、変化した顔はヤクノジの身体に妙に馴染んでいる。


「……ネクタイとシャツは、違うんだけどさ」


ヤクノジのスーツは、グロウと共に仕立て屋に訪れた際に誂えてもらったものだ。シャツやネクタイの色こそ違うが、黒に近いダークグレーのスーツはほとんどグロウに似せたようなもの。


この懐中時計も、この服装も。
遺されたものだ、受け継いだものだ。


自分が受け継ぐと決めたものではある。
失うのも色褪せるのも嫌だと抱えているものではある。


「だから何だって話なんだけど」


変装魔法を解除し、岩場から砂浜に移動する。
転がっていた巻き貝の貝殻を拾い上げ、手のひらで転がした。


「僕が勝手に抱えてるだけだし」


手のひらに収まる貝殻を一度強く握って、小さな声でまた別の呪文を詠唱する。


「実行。知れず、戻らず」

遮音魔法。
それを貝殻にかけ、口元に添える。


「ーーーーーーーー!!」


大きく息を吸って吐き出した咆哮は、全てではないものの遮られて広がることも遠くへ届くこともない。


「ーーー、ーーーーー!!」


誰に聞かせることもない、必要性も理由もない叫び。

溢れて止まらない激情を、そのまま喉から吐き出していく。


全ての音は掻き消えないが、遮音魔法と波の打ち寄せる音でほとんどは消える。


夜の闇に音も自分の影も輪郭さえも解けていく。


波間にヤクノジの叫びが消える。


怒りも哀しみも痛みも全て、掻き消えていく。


「ーーーーーーーっは、あ」


砂だらけになるのも厭わず砂浜に仰向けに倒れこんで、夜空を見上げた。

荒くなった呼吸音が身体中を巡って五月蠅い。


「ーーはあ、何してるんだろ」


自嘲の笑みが零れ、夜空には星が流れた。


「……僕は、捨てるわけにも、終わるわけにもいかないんだ」


懐中時計から、録音された自分の声がした。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?