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2022年に読んでよかった漫画まとめ

 もう2023年になってしまいましたが、2022年に読んでよかった漫画のまとめを作ってみました。あまり漫画をよく読む人間ではないので、当たり前の名作しかないじゃあないか、と思われるかもしれませんが、暇つぶしや次に読む漫画選びの一助になれば幸いです。

 一応、2021年版のリンクも置いておきますので、未読の方はこちらもぜひ(気づけば毎年、年末に間に合わなくて結局この時期に公開している…)。

では、気を取り直して、2022年のおすすめ漫画紹介をしたいと思います。

アンナ・コムネナ

 まずは「弟殺したい系ビザンツおねえちゃん」として話題になった『アンナ・コムネナ』から。ビザンツ皇帝の皇女、そして西洋中世唯一の女性歴史家であるアンナ・コムネナの生涯を描く作品です。ビザンツ帝国(東ローマ帝国)にフォーカスした作品ってあまり見ないので、なんかすごい作品が始まったなという気持ちで見ていたのですが、これが中々面白い。

 ビザンツ皇帝アレクシオス1世(コムネノス王朝)の長女として生まれたアンナには病弱美男子の婚約者(元皇帝の息子)がおり、彼が次期皇帝に即位し、自身とともに皇帝夫婦となるべく育てられたのですが、冒頭でいきなり夫が「突然の死」を迎え、その夢を絶たれます。弟ヨハネスが生まれたから、弟がお父さんの跡を継ぐことになってしまったわけですね。そして彼女は実家と敵対していた家の子息であるニケフォロス・ブリュエンニオスと政略結婚することになります。

 ニケフォロスは名門軍閥貴族の出身ですが、元皇帝の息子と比べると格落ち感は否めません。アンナは自身が皇帝になることを諦められず「そうだ、邪魔な弟を殺そう」ということで、弟と度々対立するのですが……? 

 ビザンツ帝国って世界史の授業でやった程度の知識しかなかったのですが、「実力のある者をドシドシ皇帝にするべし」状態になった結果めちゃくちゃ暗殺が横行しており、アンナの父も信じていた相手に何度も暗殺されそうになるなど、めちゃくちゃ不穏です。だから皇帝の子だからといって必ずしも安泰というわけではないですし、親族内でも親族外でも争いが絶えません。しかも周辺諸国との戦争も続いています。ちなみにアンナの父は十字軍を招くきっかけを作ってしまった人でもあります。

 アンナの父は軍人として天才的な素養があり、アンナは父親のことが大好きなのですが、アンナのことをあくまで「女」としてしか見ておらず、当時の「女」の枠にとどまらない知略を見せるアンナの良さをあまり理解しているようには見えません。一方で後継者として父に期待される弟を見るアンナの目は険しくなります(余談ですが自分もきょうだい間でバリバリに扱いを変えてくる家で育ったので、アンナに感情移入しながら読んでいます。でもそういう読者は多分少数派だと思う)。

 アンナの夫ニケフォロスはアンナの良き理解者で、政略結婚したとは言え二人はかなりのラブラブカップル。ニケフォロスが彼女の勉学を応援し、彼女はめきめきと頭角を現していきます。初々しい二人のラブコメとしても面白い作品です。

 勉学が得意で民族融和派のアンナ、武断派の弟という対比があり、二人が力を合わせればきっと素晴らしい治世になるのに…という周りの期待もあるのですがそう簡単にはうまくいかず。アンナは自身の祖母との会話を通じて、女が政治を行う難しさも突き付けられます。それでも人を信じることを諦めない、アンナの超ポジティブな「自己皇帝感」に励まされます。

 『アンナ・コムネナ』は佐藤二葉さんがツイ4で連載中の作品。佐藤二葉さんは俳優・演出家・古代ギリシア音楽家・作家という肩書を持つ、めちゃくちゃ多才な方です。上記リンクから無料で全て読めてしまうのが大変申し訳ないくらい素晴らしい作品なのですが、単行本版も出ているのでそちらもぜひ。


天幕のジャードゥーガル

 故郷をモンゴルに滅ぼされた少女ファーティマが、モンゴル帝国への復讐を誓う物語。13世紀当時、最先端の知識が集まったイランで勉学を学んだファーティマは、故郷を滅ぼしたモンゴル帝国に奴隷として連れていかれ、紆余曲折を経てオゴタイの第六夫人ドレゲネに仕えることになります。彼女は身に付けた知識を駆使して、後宮でどのように暗躍していくのか…?

 自分はモンゴル帝国を舞台とした作品だと井上靖の『蒼き狼』とかは読んでいたんですが、当時の女性たちにフォーカスした作品は読んでこなかったので大変新鮮でした。モンゴル帝国は侵略した地域の女性たちを後宮に入れていたわけなんですが、そんなことをされた女性たちの気持ちは推して図るべきですよね…。ファーティマ側に感情移入すると「やっちゃいなよ、そんな帝国なんか!」という気持ちになります。

 「天幕のジャードゥーガル」は、2021年秋に秋田書店のスーフルで連載が始まった作品で、「この漫画がすごい!2023オンナ編第1位」獲得作品でもあります。作者のトマトスープさんは他にも、大航海時代の実在の私掠船長・ダンピアを主人公とする『ダンピアのおいしい冒険』も連載中で、そちらも大変楽しく拝読しています。こういった珍しい時代を漫画化してくれる方、めちゃくちゃありがたいので今後もどんどん活躍してほしいなと思います。


アルテ

 ルネサンス期のフィレンツェを舞台に、男社会で奮闘する女性画家アルテの活躍を描く作品。上記2作品は実在の女性が主人公の作品ですが、アルテは架空の女性が主人公です。貧乏貴族の娘として生まれ育ち、裕福な相手との結婚を望まれたアルテですが、絵画の道を諦められず、「女だから」と門前払いされ続けます。紆余曲折を経て、偏見を持たずに接してくれた画家の下に弟子入りし、様々な苦難を乗り越えて頭角を現していきます。

 ルネサンス期ということで煌びやかな時代なのかなと思いきや、女性の地位がとても低かったり神聖ローマ帝国がイタリアに侵攻してきたり、非常にハードモードな時代でした。この辺の歴史もわりと複雑なので、解説や補足などもあると尚ありがたいなと思いつつ、楽しく拝読しています。作者は大久保圭さんで、月刊コミックゼノンにて連載中。ちなみに2020年にはアニメ版も放送してます。

 この漫画をきっかけに、かつて実際に活躍した女性画家たちについて調べてみたり、この辺の歴史を深堀したいなという気持ちになったりしました。

 書いていて気づいたのですが、自分の好きなジャンルの一つとして「あまり知られていない時代・地域を取り扱う歴史モノ」があるのかもしれません。あと、自分の知識や技術を生かして活躍するお話が好きですね。

 ここまでは女性主人公の作品が続きましたが、男性主人公ですと、2021年版記事で紹介した『応天の門』も良いです。あと、自分の父親を殺した仇の下で育っていく少年が主人公の『ヴィンランド・サガ』もおすすめです。ヴァイキングたちが活躍した11世紀が舞台の作品で、理想郷と謳われる「ヴィンランド」なる大陸を目指すお話で、男性同士の感情の機微の描き方が大変好みでした。特に親の仇であるアシェラッドと主人公の関係性が最高に好きです(こちらは2023年にアニメ2期が放送予定)。


堕天作戦

 遠い未来、世界には人類と魔族の国が乱立し、戦争を繰り返していました。“不死者”アンダーが様々な人や魔族と出会い、別れるまでを描いたダークファンタジー作品。

 主人公のアンダーは死んでもすぐによみがえる不死者であり、その特性を利用して人間陣営の特攻兵器として何度も自爆させられ、心が死んだ状態で生きてきました。しかしついに魔族陣営に捕まってしまい、人体実験を受けます。やがてレコベルという魔族とともに”処刑”されることとなり、その渦中で死んでいた心を取り戻します。そこから、彼の長い旅が始まるのです。

 様々な登場人物・勢力が、時に敵になったり協力関係になったりする戦乱の世で、それぞれの生きざまを見せてくれる群像劇であり、好きなキャラクターが必ず一人は見つかるんじゃないかなと思います。ちなみに自分は特異な出自を持つ「シバ」というキャラクターが好きです。読めば理由が分かるかと思います。

 作中では不死者をはじめ、魔法を使える魔族、鵺など不思議な生き物が多数存在するのですが、そういった存在がどのように生まれたのか等々、徐々に明らかになっていくおぞましい世界観も魅力的です。そんな中にも希望の光はあるようなないような…といった感じですかね。

 裏サンデーで連載していた作品でしたが、現在は同サイトでの掲載を修了し、作者の山本章一さんが個人で執筆・発行しています。現時点ではAmazonから購入可能です。


BEASTARS

 肉食獣と草食獣の生徒が通う“共学”のチェリートン学園。獣たちの青春の舞台であるはずのそこで、草食獣が食い殺される「食殺事件」が発生。ハイイロオオカミの雄である主人公レゴシは、犯人捜しを始める中で、ウサギの雌であるハルに恋してしまいます。肉食獣と草食獣という種族を超えた愛は実を結ぶのか…?

 冒頭の食殺事件も衝撃的だったのですが、肉食獣が草食獣を食べることは禁じられているものの、闇市ではその肉が売られていたり、肉食獣と草食獣が一緒に稽古をしていたら草食獣の腕がもげてしまったり、中々迫力のある展開が続きます。そして肉食獣同士、草食獣同士でも、何かとトラブルがあるんですよね…。

 「BEASTARS」は、動物たちの群像劇という体裁ではありますが、実社会における人間の色々な属性を動物に仮託し、異なる他者との共存とはどういうことなのか、問いかける作品になっています。

 作中で、肉食獣→草食獣への食欲・性欲は禁止されているものの、同時に広く共感される概念でもあります。一方でレゴシのハルへの恋は、周りから「マジかよ…」といった風に扱われるという点でそれとは一線を画しており、レゴシは「社会通念上許されない性的嗜好をもち、それに葛藤する存在」として描かれているように感じました。自分のこういう気持ちは許されるものではないのだ、という葛藤、そして相手を思いやるひたむきさなどに、少し共感する部分もありました。

 レゴシ以外では、何かとモテてしまうことでトラブルに巻き込まれるウサギのハル、複雑な生い立ちでありながら演劇部の花形役者として活躍するアカシカのルイなども好きです(優しい彗星…)。こうして並べてみると、自分が多くのキャラクターに共感できる作品って結構珍しい気がしますね。

 とか言いつつ、読むと個人的に色んなところがグサグサ刺さってしまうので、少しずつしか読み進められず、実はまだこの作品を最後まで読めていません。続きはすごく気になるんだけども。完結済みの作品って読むのがもったいなく感じてしまって最後まで読めない問題、ありませんか…?

 ちなみに作者の板垣巴留さんは『バキ』の作者として知られる板垣恵介さんの娘。あとから知ってびっくりしたんですが、でも確かに、「強さとは何か」という疑問を打ち立てるところは親子で共通して、それに対する答えがそれぞれ異なっているのが面白いのかな、なんて思いました。

 ちなみに自分はテレビアニメから入ったのですが、YOASOBIの歌も作品にぴったり合っていてよかったです。ファイナルシーズンは2024年公開予定。


初恋、ざらり。

 軽度の知的障害などがある女性・有紗は、障害をクローズドにして働きますが、どこも長続きせずコンパニオンをしていました。性的な行為を要求されると拒めないなどの問題を抱えていましたが、新しいバイト先で知り合った男性と恋に落ちて変わっていきます。

 作者のざくざくろさんは自身が発達障害(ADHD・自閉症スペクトラム)であることを公表されており、当事者目線の困りごと・あるあるの描写が抜群にうまいと感じました。“常識”が人とずれていること、自己肯定感が低く、何かしら要求されると拒めないこと、同性に嫌われやすいこと、などなど、特に女性の当事者が抱えがちな問題が描かれ、共感ポイントが高かったです(自分の周りにも何人かいて、よく話を聞くので)。

 また、エッセイ漫画などでよく登場し、すべてを解決するデウスエクスマキナのように描かれる「理解のある彼くん」なる概念がありますが、『初恋、ざらり。』では彼氏側の葛藤や、障害理解のための取り組みなども描いているのが好印象でした。支援する側にも専門的な知識がなければ理解などできませんし、決して愛だけでなんでも解決するわけではないんですよね。

 ちなみに発達障害女性を取り巻く人間関係を描く漫画だと『アスペル・カノジョ』、発達障害の女性についての当事者本としては『自閉症スペクトラム症の女の子が出会う世界』もおすすめです。


ナチュン

 事故により脳に深刻なダメージを受けた天才的数学者のデュラム教授。事故後に彼が「数学論文」として公開したイルカのビデオは、学界から失笑される代物だった。しかし、京大大学院生のテルナリは、そのビデオから「人工知能」のアイデアをひらめき、「世界征服」に向けて沖縄の海でイルカの観測を始める。

 人工さい肺を装着し、一癖ある漁師の下で働きながらイルカの観測をするテルナリは、海で不思議な少女と運命的な出会いを果たす。そこから、彼は想像もしなかったしがらみや陰謀に巻き込まれていく――。

 あらすじだけ書くとなんだか爽やかなボーイミーツガールのようですが、スノッブかつスピリチュアル、そしてドロドロとした肉欲や情念が渦巻き怒涛の展開を迎える、唯一無二の読後感のSF作品でした。脳に直接ヤバいものを注入されるような体験をしたい方はぜひ読んでみてください(主人公はわりとゲスな性格をしているのでちょっと人を選ぶかもしれない)。

 沖縄での暮らしの生々しい描写がすごいと思っていたら、作者の都留泰作さんはなんと現役の文化人類学者。『ナチュン』は作者の沖縄でのフィールドワークを基にした作品だそうです。都留さんはアフリカ熱帯森林の狩猟採集民を対象に研究をしながら、漫画家もやっているということで、すごすぎる方でした。

 ちなみにアニメ映画化もされた五十嵐大介『海獣の子供』は『ナチュン』からインスピレーションを受けた作品だそうで、実はこちらは未読なのでおいおい読みたいなと思っています。こうして楽しみが増えていくって、いいことだなあ。


おわりに

 漫画紹介は以上の通りです。拙い紹介で各作品の魅力を十分に伝えられたかはわかりませんが、読んだ方の何らかの糧になれば幸いです。

 ちなみに2022年、漫画以外の作品では、TVアニメ『平家物語』、アニメーション映画『犬王』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』などが印象に残りました。平家物語はよく知られたお話ですが、この2作品は女性や障碍者など、権力に翻弄された人々に焦点を当て、彼女たち・彼らの生きた証を描いた物語として、大変心に響きました。

 鎌倉殿に関しては本当に「しぬどんどん」という感じだったのですが、北条氏が執権になるまでの経緯がこんなに血生臭いものだったのか…という点で大変驚き、また脚本の妙に唸らされました。2022年は色んな意味で“源平合戦とその後の物語”がフィーチャーされた稀有な年だったのではないかと思います。

 以下は近況報告などです。2022年は闇の自己啓発としてはあまり活動ができず、ブックファースト新宿の「名著百選」に参加した以外、「役所暁」としての活動はほとんどできませんでした。やりたい気持ちはあるのですが、時間や心身の余力がなく、難しいところです。役所暁という概念もいつまで続くかは分かりませんが、需要があるうちは続けていけるといいなあと思っています。


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