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『闇の自己啓発』まえがき全文公開+まえがきのあとがき

 「闇の自己啓発会」が『闇の自己啓発』として早川書房から書籍化されました。これも読者の皆様のご愛顧・ご注目などのおかげと思います。深く感謝いたします。

 さて、1月21日の発売を記念して、ここでは書籍版の「まえがき」を全文掲載いたします。無論、出版社の許可を得てのものです。

 本書のまえがきは、不肖、役所暁が執筆いたしました。拙い文章ではありますが、私(たち)がどんな思いで「闇の自己啓発会」という読書会をやってきて、どこに向かっているのか。そんな情念・願望が詰まったものになっているかと思います。ご一読いただき、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


まえがき——播種

「いつかは、私たちが人目を忍んで暮さなくてもよくなる日が、きっと来るよ。それは約束してあげるから」
——『沙耶の唄』

 世間や企業、集団は「自己」を嫌う。とにかく上の言うことに逆らうなと、個人の思考や批評精神を封じる方向に動く。その波に押し流されてしまうと、個人はいつしか考えることをやめて、世間を構成する大波の一部になってしまう。さながら、押井守監督の映画『イノセンス』に登場する、「人形」に変えられ、自我を、自己を失っていった少女たちのように。そして我々個人がその思考力を奪われ、「人形」にされてしまうと、大きな存在はますます大きくなり、誰も批判できない存在になってしまう。
 そんなビッグブラザーの支配する世の中で、自己を奪われないためには何をすればよいのか。私は読書会こそがその答えであると思う。ひとりで思考し、学び続けることが難しくても、ともに語り、学び、思考する共犯者がいることで、自己を失わずに、思考することを続けやすくなる。そしてそれを発信することで、思考の種を播き、共犯者を増やしていくことが可能になる。少なくとも私はそういう思いで、読書会──「闇の自己啓発会」に参加している。

 「闇の自己啓発会」のメンバーは江永泉、木澤佐登志、ひでシス、そして私=役所暁の4人。月に1回、一冊の本を取り上げて読書会を行っている。
 私たちは、いわゆる普通の自己啓発に対する防衛術として「闇の自己啓発」を生み出した。一般に自己啓発は「(ポジティブな)変化」を喧伝しつつ、その変化とは「お金を稼ぐ」「話術を磨く」など既成の価値観の内部におけるステータスやスキルの変動にすぎなかったり、あるいは「組織を変えるのではなく自分を変えろ」といった、現状に納得するための技術になりがちだったりする。たしかに、こうした「自己啓発」はときに有用であるだろう。だが同時に警戒しなければならない。「自己啓発」されていくとき、私たちはだんだんと、社会に都合のよい「人形」に姿を変えてはいまいか?
 必要なのは、オルタナティヴな「変革」のヴィジョンだ。「自分を変える」のならいっそ、人間を超え出るもうひとつの極、自他の区別すら融け出す特異点まで突き抜けよ──「人形」とは対極の〝何か〟として生きるために。こうして私たちはこの世界の「闇」にうごめく、社会一般の常識から逸脱した事象や思想に目を向けることになる。テクノロジーによる身体/精神改造、リバタリアン(自由至上主義者)たちの脱法行為、「人間は生まれないほうが良い」と主張する反出生主義……。無論、これらを無批判に受け入れ称揚するならやはり、醜悪な「人形」がこの世に4体増えるのみである。
 だから私たちは、本を読み、思考する。ある時は国家の枠組みから外れるダークウェブのあり方に触れ、またある時は映画『ジョーカー』や『天気の子』の描き出すセカイの歪みを考察する。加速主義や反出生主義を経由し、ARやVRといった技術に新たな可能性を見出し、ヒューマニズムの覇権に異を唱える。監視国家・中国と地続きなこの社会のあり方を見つめ直し、ディストピアや宇宙の果てにある「外部」へのExitを夢見て、アンチソーシャルな親密性の再検討に至る。メンバー各人のバックグラウンドや専門領域が交わることで特有のハーモニーが生まれ、「科学技術によって反出生主義を実践する」「AIの導く〝幸せ〟なあり方に従うことで、結果にコミットする」など様々な〝闇のライフハック〟が案出されてきた。

 読書会の内容はウェブサイトのnoteに連載しており、それがこうして本になった。「じゃあnote版を読むだけで十分ではないか」と思う人もいるかもしれないが、本書とnote版とでは大きく異なる点がいくつかある。まずひとつが「注釈」の存在である。note版ではカバーしきれなかった語彙の説明や補足を、本書では注として4万字以上追加している。さらに「闇の自己啓発会」発起人の江永氏による書き下ろし論考を加え、本文も大幅に加筆修正しているため、note版よりずっと読みやすくなっているのではないかと思う。note版で挫折したという人にも、ぜひ手に取ってもらいたい。
 また、思想家ニック・ランドの「暗黒啓蒙」を想起された方もいると思うが、当会はそれと直接関係があるわけではない。彼にインスパイアされた面はあり、本文中でも取り上げているが、暗黒啓蒙について詳しく知りたい方はニック・ランド『暗黒の啓蒙書』(五井健太郎訳、木澤佐登志序文、講談社)を参照してほしい。

 本書が、自分ひとりが周りと合わないことに悩んだり、既存の価値観に疑問を抱いていたりする人に寄り添うものになっていれば嬉しく思う。私もこの読書会を始めるまでは、孤独に生き、人生に絶望するひとりの人間であった(江永氏に読書会に誘われたのは、私が誕生日に自殺しようとしていたときだった)。しかし、「当たり前」をおかしいと感じているのは自分だけではない。世間に殺され、「人形」にされるくらいなら、世間を変革する方がずっとマシだ。そう気付いてからは、自分の思考を発信することで、どんどん共犯者を増やし、「常識」や大きな存在に対抗していこうと思えるようになった。
 この本を手に取ってくれたあなたは、決してひとりではないのだということを伝えたい。そしてもし、少しばかりでも本書の内容に触発され、面白いと感じてくれたなら、学び、思考し、発信することで、あなたの打ち破りたい何かに抗ってみてくれると嬉しい。思考の種を播き、ともに「開花」の時を待とう。

 これが私たちの、闇の自己啓発だ。
役所 暁

 本書のまえがきは以上となります。ちなみに、ここで引用した『沙耶の唄』については、河出書房新社『文藝』2021年春号内「精神と身体改造のための闇のブックガイド」に書評を寄せています。こちらは闇の自己啓発会によるブックガイドになっているので、本書と併せて読み比べていただければと思います。

 自分は、そもそも「闇の自己啓発」という営みそのものが、ある種のブックガイドであり、本や思想との対話の場であると考えます。『闇の自己啓発』の中ではさまざまな本や思想、コンテンツが紹介されています。そして、実際の生活で話の合う人がいなくても、こうした本の中や別の場所に赴くことで、話が通じる相手に出会えることもあります。本は、孤独な人間に光や闇をもたらしてくれる存在であると強く感じます。

 本書を読んだ皆さまが、『闇の自己啓発』をきっかけに、良き本や思想と巡り会えることを願っております。


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