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#山尾三省の詩を歩く 第16回

       海沿いの道で

     まだ積乱雲の湧いている 夕方
     涼しい風の吹いてくる
     海沿いの道を歩いて行った
     子供達といっしょに八キロばかり
     廃校になった志戸子小学校跡から
     まだ残っている一湊小学校を経て
     廃校になった吉田小学校まで……
     途中からふとその気になって
     ゴムぞうりを脱ぎ
     裸足になって歩いてみた
     思いもかけぬ道の自由がそこにあった
     うれしくて五キロほどは
     裸足のままで
     足の裏まで風に吹かれながら
     海を見ながら
     夕焼け雲を見ながら
     歩いて行った

『五月の風』(野草社)

 子ども達の夏休みが始まった。連日、強い日射しの照りつける空が広がり、海も青く青く輝いている。海の上にはぽかりぽかりとわた雲が浮かび、そしてもくもくと入道雲が湧き出している。

 今年も日本列島は猛暑の夏を迎えている。

 屋久島は32度を越える日はほとんどないが、それでも日中はやはり暑い。

「海沿いの道で」は四男の道人が小学6年生の夏休みの時の詩だ。

 小学校最後の夏休みに学区の志戸子集落から吉田集落までをクラスの皆で歩くという行事が計画されたのだ。三省さんは道人とともに歩いた。

 8キロほど歩くのにゴムぞうりで行ったんだと改めて思うが、島暮らしの夏では当たり前でもあるかもしれない。

この詩の眼目は「思いもかけぬ道の自由がそこにあった」と「足の裏まで風に吹かれて」だろう。

ゴムぞうりを脱いで、裸足になり、足の裏まで風に吹かれて歩く。

 PTAの行事というあまり得意ではない所に参加して、なんとなく落ち着かない気持ちでアスファルトの県道を歩き出すのだが、ゴムぞうりを脱ぐという行為によって思いがけない展開をした時間と気持ちをうまく掴んで詩にしてしまったのはさすがと思う。

 やや硬くなっていた気持ちがふっと流れ出す……そういうことは誰でもが経験していることだろう。こんなふうにいつでも心を柔らかくできればいいのだけれど。

 そうすれば、風は心地よく吹き、海はどこまでも青く、夕焼雲が美しい世界が現れてくるのだ。

…………
山尾 春美(やまお はるみ)

1956年山形県生まれ。1979年神奈川県の特別支援学校に勤務。子ども達と10年間遊ぶ。1989年山尾三省と結婚、屋久島へ移住。雨の多さに驚きつつ、自然生活を営み、3人の子どもを育てる。2000年から2016年まで屋久島の特別支援学校訪問教育を担当、同時に「屋久の子文庫」を再開し、子ども達に選りすぐりの本を手渡すことに携わる。2001年の三省の死後、エッセイや短歌などに取り組む。三省との共著に『森の時間海の時間』『屋久島だより』(無明舎出版)がある。