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#照葉樹林の足下で 4月

 山桜の花を見ると、豊かな気持ちになります。晴れた日もいいのですが、雨が止んだ後の山裾に咲いている山桜は格別ですね。樹々の芽吹きに気がつくと、庭からナタオレ岳に山桜の淡い紅の花が見えないかと、目をこらすことが多くなります。

山桜

 ひと冬の我が家の湿気を吹き飛ばし、晴々と気持ちを明るくしてくれる山桜の花を、今年は特に心待ちにしていました。そういえば春の兆しをナンバンキブシで知り、春の到来を山桜に教えてもらう、それがここに暮らし始めてからの習いとなりました。すでに陽だまりでは、ヤマガラが巣の材料となる苔を探しています。ミヤマホオジロの一群れも、ススキの残り種をついばんで飛び去っていきました。小鳥も春の到来に、忙しくなっているようです。

 新緑の風の流れる夜は、屋根に降り注ぐ落ち葉の音が気持ち良くて、外に出て耳を澄ましてみます。季節の移り変わる音なのか、いのちの移り変わる音なのか、妙に聴き入ってしまいます。そして夜の闇に溶け込んだ、スダジイの香りが流れてきます。森の香りは様々ですね。家裏の狭い範囲でさえも、季節ごとに違う香りに包まれるのですから、照葉樹林歩きはやめられません。

 私の一年の森散歩は、菌生冬虫夏草探しから始まります。
 ヌメリタンポタケやクビジロアマミタンポタケなど。地下生菌と呼ばれている、樹木の根と繋がり合っている共生菌の子実体に取り付いて発生する冬虫夏草です。この二種のタンポタケは、地下生菌のツチダンゴから生えていて、まあキノコがキノコを食べている、という感じでしょうか。

クビジロアマミタンポタケとツチダンゴ

 先日もウラジロガシの大木の根元に、ヌメリタンポタケを見つけました。座り込んでしばし妄想します。大木とその根と繋がり合っている菌類の、その子実体のツチダンゴを食べているヌメリタンポタケとこの森の全体像を。 そして自分はこの繋がりの輪の中のどこに居場所があって、森に何をしてはいけないのだろうか。などと思い巡らしていると、森の不思議の一端を垣間見せてくれるキノコ一本で、私の森歩きの一日は暮れてしまいます。

 また菌従属栄養植物のクロヤツシロランも、光合成をしないという生き方を選んだ変わり者植物で、これも一日中見ていても飽きません。緑色をしていないので、全体に地味な茶色をしています。そして、落ち葉に包み込まれているように花を咲かせているので、多分そこに咲いていますと指さされても、見分けがつかないでしょう。

クロヤツシロラン蕾

 2018年に新産地として神戸大学の末次健司氏によって報告がなされました。クロヤツシロランの南限は台湾で、琉球列島では確認されておらず、国内での南限は九州本土鹿児島県という変わり種でした。その空白地帯の琉球列島北端の屋久島で見つかったクロヤツシロランは、本土とは花期が大幅にずれていて、台湾と同じ花期なのです。

クロヤツシロラン

 この花期の違いはどのような意味を持つのか、研究が待たれるところですが、自生地は少なく、個体数も減少しているのが気がかりです。
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山下大明/やました ひろあき
1955年鹿児島県生まれ。中央大学経済学部卒業。
小学生の頃から山歩きを楽しみ、大学卒業前後より屋久島の魅力にとりつかれる。
36歳で屋久島に移住。
文化出版局『銀花』の特集を多く手がけ、キヤノンカレンダーなど作成。
現在、低地照葉樹林を残すべく、「屋久島照葉樹林ネッワーク」のメンバーとなり、希少種調査などを行ないつつ、菌従属栄養植物の撮影を続けている。

写真集『樹よ。』『月の森』(野草社)、『水の果実』(NTT出版)、
写文集『森の中の小さなテント』(野草社)、水が流れている(文・山尾三省、野草社)、
写真絵本『水は。』(福音館書店)、『時間の森』(そうえん社)などがある。

日本写真家協会会員