Twitterのたのしみ

少し前に、Twitterの息苦しさについて書いた。他方で、現在のTwitterには、初期のころにはあまり感じられなかった楽しみもある。

私が使い始めた11年前に比べると、いまでは世界中の各方面の専門家たちのアカウントが増えている。

物理学者もいれば、歴史学者もいる。文学研究者もいれば、経済学者もいる。生物学の専門家もいれば、統計学、化学、美学、数学、言語学、地理学、地球科学、社会学、哲学、政治学、考古学、文献学、工学、美術史、コンピュータサイエンス、小説、詩、絵画、映画、建築、演劇、音楽、舞踏、古典芸能、プログラム、ゲーム……と挙げてゆけば諸学術――諸学問と諸技芸術(sciences and arts)――のマップを網羅できそうである。

それ以前なら、専門誌や専門書を探して読んだり、講義を受けたりしなければ接触する機会の少なかった学術の専門家たちがいるのはうれしくありがたい。彼らが日々どのような論文を読んだり、カンファレンスに参加しているか、どんなフィールドワークをしているか、といったことも垣間見える。これは学術の歴史に興味をもっている私のような者にとっては夢のようでもある。いま、私がTwitterに半ば嫌気がさしながらも使っている理由の一つは、ここにある。

うれしい半面、悩みも増えた。日々目にする興味深いが断片的な情報を、どのように整理すべきか。これが悩ましい。

言えばつまらないようなことだが、例えばTwitterで教えられたさまざまなウェブサイトやページをブラウザでどんどん開いて読む。タブが30、40同時に開かれる頃には、すでに手遅れで収拾がつかない。

後で整理しようと思いつつ、後から脈絡なく開かれたページを一つ一つ位置づけるのは存外面倒だ。しかし、これをそのまま流れていくに任せるのではなく、なにか自分が持っている知識のマップに関連づけておきたい。この点については、つくづく貧乏性である。

もちろんブラウザのブックマークやEvernoteをはじめとするツールを使う手もあるし、実際やってみてはいる。だが、これはなんというか、私には活用しづらいように感じる。電子化した本や雑誌が記憶装置に眠っていること自体を忘れて思い出しづらくなるのと同じで、そうしたツールで整理した情報も、目にする機会がなければすぐに忘れてしまう。

他の人の場合はどうか分からないのだが、私の場合は、書棚のようにいつもそこにあって、物理的に、こちらが意識せずとも目に入るような環境がどうやら身の丈に合っている。しかも、ツールを起動して、しかるべき操作をして、整理して……といった手間をなるべく最小化したい。それに比べると書棚に本を入れたり、並べ替えたりするのは、実にこう簡単だ。そのくらい楽にネットで遭遇した情報やデータをマッピングしたい。

なにかそういうブラウザ拡張のようなものをこしらえよう。そう思ったまま着手できずにきた。現在のコンピュータ環境が、時々刻々とヴァージョンアップという名の変化をしてゆくので、どういう水準で実装しておけば、OSやブラウザの変化になるべく左右されずに長く使えるツールをつくれるかということを考えるのに手間取っているという事情もある。

といった願望を、こうした場所に書き付けて、自分で自分の背中を押そうという下心もあるのだが、さて。

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homo ludens
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