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「半月の物語」


その日はうまく眠りにつくことができなくて、カーテンの隙間から見えた街は薄い膜を帯びて、肌に触れるひんやりと冷たい生まれたての空気に促されるように、ふらふらと歩きだした。ぴんと張った空気が撓まぬよう、そおっと、いっぽ、いっぽと繋いでゆく。点滅する信号を通り抜ける。まだぼんやりとした水縹色の空に、白い上弦の月がふわりと浮かんでいた。明日でちょうど半月になると思った。新月のときにまっさらに戻ったWordファイルには、また物語の息が吹き込まれつつあった。明日には完成させなくては、ハンブンはそう独りごちた。公園のベンチに座る。誰かが背の順に並べた松ぼっくりが芝生に置いてある。文庫本サイズのノートを開いて目を閉じる。まっさらなページに、まっしろな文字で物語が縦横無尽に駆け抜けてゆく様を想像する。そのまま文字はノートを飛び出して、松ぼっくりを飛び越え、あらゆる光の明滅にその身体を晒しながら、吹く風を上手に乗りこなすだろう。物語が最後に辿りつくのはどこだろう、とハンブンは考えた。どこまでもまっさらな地平を漂いながら、さいごにはその透明な体ごと一雫となって、その大地を揺らすだろう。ふと、閉ざされた瞼をノックするかのような光、ハンブンはゆっくりと瞼をひらいた。なんだかとても幸福な気持ちで。
 

「半月の物語」


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